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百名山・宮之浦岳/永田岳/開聞岳/韓国岳/祖母山
(箭内 忠義・百名山完踏)
箭内 忠義・他6名

山行日 2012年8月7日~14日
メンバー (L)箭内、(SL)藤井、原口、土肥、成田、澁谷、杉本、内田、江島、小山【10~12日】、福間【13~14日】

【総括】【執筆:箭内】
 今年の夏も心に残る楽しい山行を実施することができた。盛り上げてくれた皆さんに感謝したい。
 今回の山行の特徴は次の点である。
・参加者が総勢11名ととても多かった。
・毎晩楽しく飲んだくれていた。
・年齢が20代から70代と幅広かった。
・計画した山を全部残さず登った。
・箭内は祖母山で百名山完踏となった。
・豪華な山行であった。(飛行機で往復、現地はレンタカー、宿屋やホテルにも泊まった。費用は11万円プラスアルファーだった)
・食事が美味しかった。温泉が良かった等々数え上げたらきりがない。
 来年は北海道です。よろしくお願いします。
各自が原稿を書きました。

【8月7日(火)】【執筆:原口】
 厚木からの直行バスで羽田に5時40分に到着。6時5分を過ぎても誰も集合しないで、アナウンスがあり、搭乗手続きを済ませ空港内に入った。6時15分に全員集合した。一路鹿児島へ。屋久島便には2時間待ちで出発。屋久島11時15分着。空港からジャンボタクシーで近くのスーパーに寄ってもらい食料やアルコールを仕入れ出発。途中紀元杉に寄ってもらった。以前の落雷で半分の長さになっていて見る影もない。じきに淀川入口で下車。屋久島の焼酎「三岳」のビンをタクシーに回収してもらい、小雨の中を出発した。途中には大杉の姿があちこちに見られる。淀川小屋には1時間で到着。今夜は人も少ないので小屋に泊まることとする。今夜の食当は土肥ちゃん、サンマの混ぜご飯であった。「三岳」の水割りでカンパイ。

淀川小屋に向け出発

【8月8日(水) 晴れ】【執筆:藤井】
 夜中に激しい雨音がした。そこで、台風一過への期待と夜のうちに島の上の雨を全部降らせ給へ!と念じて再び眠った。
 屋久島2日目の朝を迎えた。4時の起床だ。飲んだ人も飲まなかった人もサッと起きた。この緊張感がなんか心地良い。今日は、主峰宮之浦岳を踏み、あわよくば永田岳を落として、新高塚小屋迄の長丁場である。「月が出てる!」の声に勇んで小屋の前の広場に飛び出した。見上げれば、黒い杉木立の隙間の灰色空にクッキリと月があった。ヨッシャー!
 6時の出発である。リーダーの指示でウサギチーム5人とカメチーム4人に分かれての行動だ。自分は、ウサギチームの露払いとなった。杉などの樹木は、根元からてっぺん迄苔がびっしりと付いていて、リューイーソー(緑一色)の様相だ。道はよく整備されていて、道標が近すぎる間隔で建っている。左手には、三角形の山の頂上に大岩を乗せた高盤岳が見える。やがて小花之江河、続いて花之江河の出現だ。規模は小さいが、尾瀬などに見られる高所湿地帯である。この時点でウサギチームに土肥ちゃんが加わって6人となっていた。実は、彼女は本山行に拘って一大決心をした。なんと5キロの減量を達成したのだった。つまり、個人装備を5キロ減らしたのである。その結果、本人もビックリの絶好調で、それが最終日まで続いたのであった。「為せば成る!」ということか。
 出発から2時間で黒味岳への分岐点へ着いた。ここでいつも元気な成翁から、展望の良い黒味岳へのピストン案(50分)が出されたが、体力温存の為、次回?持ち越しとなった。少し進んで投石平に近づくと潅木帯になり、ヤクシマ竹が混ざってくる。見渡せば、なだらかな緑色の山々に灰色の大石を散りばめた景色が目に入る。歩くにつれてヤクシマ竹が圧倒的に存在を増したところで、小ぶりなヤク鹿の登場となった。ヤクシマ竹の柔らかい新芽を食べている様子だ。次々に出会う鹿達の姿も無くなると、右方に胸像に似た高さ20mくらいの奇岩の出現である。名前が付けられていると思うが、地図には書かれていない。それから頂上に大岩を束ねた翁岳を右手に観て登ってゆく。程なく、同様に丸い大岩を集めた栗生岳に到着だ。頂上のすぐ右脇を通過して下りになった所で、前方に宮之浦岳が現れた。
 そこから、緩やかに登ること20分で念願の主峰頂点に立つことが出来た。上空は晴れているけど、雲が湧いたり流れたりしているので、部分的展望をつなぎ合わせていく。そして、行く手の永田岳の鋭峰を目の当たりにしたら、なんだか心が躍って早めに頂上を後にしてしまった。

宮之浦岳です。3人はまだ歩いてる永田岳に向かう遅れ組

 20分下って永田岳への分岐点に着いた。ザックをデポし軽装で永田岳へ向かう。しばらく歩いて振り返ると、宮之浦岳が良い形で青空に聳えていた。永田岳が迫ると急登になり、頂上付近の岩峰が空に浮かんで見える。一汗かいて頂上を踏んだ時、快晴ではないけれども改めて好天に感謝した。
 真上が晴れて暑いのと、後続チームが気掛かりなので、サラリと見渡して戻りにかかった。半分手前位で後続チームの澁谷さん、箭内さんとすれ違った。問題なく元気である。
 分岐点に戻り、待機していた原口さんを含む7人で今日の宿、新高塚小屋へ行進を始めた。空身から一転してザックの重さが身に染みる。平石を経て、雲が広がってきているので第二展望台、第一展望台を素通りし、16時20分、小屋に到着した。しっかりと整備された小屋である。疲れた!お杉の晩飯は美味かった!誰かさんが鹿に何かを投げていたけど・・・。もう寝よう!

【8月9日(木) 晴れ】【執筆:箭内】
 新高塚小屋も快適だった。4時起床6時出発だ。縄文杉までは気分的にはあっという間だった。我々が一番だ。全員で記念撮影。囲いがあり縄文杉に触れることはできないが見るだけでも神々しい雰囲気を感じる。一度は見る価値がある。思わず両手を合わせ拝んでしまった。
御存じ縄文杉です  さて、ここからは空中に浮かぶ階段を下ったり木道を下ったりとひたすら下りていった。途中夫婦杉、大王杉を見たあと、ウイルソン株に到着。ウイルソン株の中は四畳半位の広さがあるように感じた。中に水が流れていた。見上げると切り株の穴がハート形になっていた。江島さんに教えられ、きっちり写真におさめた。もうこのあたりは人人ひとで混雑していた。
 更に下ると大株歩道入口に出た。ここからは水平の軌道をたらたら歩くことになる。しばらく歩くと楠川歩道入口に着く。ここから軌道を離れ白谷雲水峡方面に向かった。この楠川歩道は山全体が苔に覆われていてとても美しいところだった。倒木の上に実生の芽が延びていてメルヘンの世界だ。白谷山荘はコンクリート造りの頑丈な小屋だったが、中にトイレも作られていてとても臭う。とても泊まる気にはなれない小屋だった。
 14時過ぎに車道の通る白谷広場に着いた。予定ではここからタクシーだったが、ちょうどバスが来たので、それに乗り込んだ。宮之浦港手前で降りた。今夜はオーシャンビューキャンプ場にテントを張る計画だった。テントの申し込みに行ったら一人800円も取られるという。風呂付洗濯機付き素泊まりが3000円強なのでキャンプ場は止めて素泊まりとした。これが良かった。暑い中歩き続けたので体中がぬちゃぬちゃだった。お風呂に入ってみんなすっきりした。ついでに洗濯もして汗まみれの衣類を洗えた。おまけに部屋はエアコンが効いている。山から下りてきた身には最高の気分だった。なんと内田嬢は薄いワンピース姿だった。山行でのワンピース姿に度肝を抜かれた。
 夕食は近くの居酒屋兼食堂に行った。宿のお勧めの店だ。豪勢に刺身はメニューにあるすべてを頼んだ。屋久島ならではの刺身は美味しかったがとりわけトビウオの刺身、それにトビウオのから揚げがすこぶる美味だった。から揚げは何度もお代わりをしてしまった。満足した夜だった。屋久島の最後の夜にふさわしい豪華な食事となった。げっぷ。

宮之浦の魚を食べ尽くした

【8月10日(金) 晴れ】【執筆:土肥】
 さて、翌朝宮之浦の民宿でさっぱりしたわたしたちの今日の予定は鹿児島県の開聞岳までの移動だけです。早朝、女子組は近くのコンビニ(24時間営業ではありません)まで散策。「しろくま」を食べながら宮之浦川河口にかかる趣のある旧い橋を渡ってご満悦でした。
 宮之浦港まではバスでほんのちょっと。ここから鹿児島港までトッピー(ジェットフォイル)で1時間40分の予定。トッピーの狭い廊下に並べちゃった9個のザックは壮観!て感じてるのは自分たちだけでほかのお客さん、ごめんなさい。トッピーは名残惜しい屋久島をあとにし、左手に口之永良部島や硫黄島が見えてきた。ああいう「離島中の離島」にいつか行ってみたいなとひとり思いました。
 前方に明日登る予定の開聞岳が見えてきました。船はほどなく鹿児島港(錦江湾)に入っていきます。シンボルマークの桜島が雲に覆われていて残念です。ここで小山さんと合流し、とりあえず鹿児島駅ビル(なんと駅ビルの屋上に観覧車が!)で昼食です。観光気分でもちろん黒豚のトンカツとあいなります。
 そして、レンタカーと小山車は南の開聞岳を目指します。途中、小山さんのおすすめで知覧にある第2次世界大戦終末時の特攻隊記念館を見学しました。「特攻」とは「特別攻撃」の略称でした。知りませんでした。最年少は17歳とのことでした。たくさんの遺書や遺品が、もうこれでもかっていうくらいに展示されていました。涙が止まりません。小山さんここをすすめてくれてありがとう。
 開聞岳が見えてきて川尻温泉に浸かってから開聞岳キャンプ場に到着です。8月の九州ですから、蚊がいる、いる、います、います。かゆい、かゆい! 蚊取り線香の効果はどうだったのかなあ。そんななか藤井さん食当のポトフがビシッと旨かったです。原口シェフのゴーヤを使った三種のつまみも美味しくいただきました。
 その晩はあまりに暑くてテントに入れずに(入っている人もいるからこれまたすごいです~)外の芝生に寝ました。そしたら深夜に、突如スコールが来てテントの中にダイビングしました。そのあとはもう覚えてません。

【8月11日(土) 晴れ】【執筆:江島】
 以前から開聞岳にはぜひ行ってみたいと思っていました。今回屋久島とセットで登れるというすばらしい例会が実現され、ぜひという思いで参加させて頂きました。
 かいもん山麓ふれあい公園にある登山口からスタート。朝から雷がなり、雨が体を叩きつける。途中引き返してくるパーティーもいたが、三峰は誰も何も疑問を持たず、当たり前のように登っていく。富士山のように途中に5合目や8合目などの看板があり、黙々とこなしていく。だんだんと雨も止み、ぐるりと1周半するとあっという間に山頂に到着。雲も少し切れて景色を満喫できました。
 山頂でのんびりして名残惜しくも下山。リーダーがものすごいスピードで降りていき、あっという間に見えなくなる。お天気が良ければ海に向かって降りていくと聞いていたが、今回は白い雲の中へ降りていきました。
 下山後は「たまて箱温泉」へ。入口はこぢんまりとしていたが、中に入って驚いた。とても広い露天風呂からは目の前が海、そして開聞岳がどーんとみえる。こんな素晴らしい景色の温泉は初めてでした。ぜひともまた行きたい!長々と温泉を満喫し、次のえびの高原キャンプ場へ移動。夕食は原口さん担当。豪華な料理が次から次に出てくるが、みんなですぐに平らげてしまう。おいしかったー

開門岳で景色も堪能露天風呂サイコー!

〈コースタイム〉
かいもん山麓ふれあい公園(7:30) → 5合目(8:25) → 8合目(9:20) → 開聞岳(10:20) → かいもん山麓ふれあい公園(12:40)

【8月12日(日) 晴れ】【執筆:成田
~韓国岳の山名由来~
1.山頂の眺望が利いて晴れた日には韓の国まで見渡せるほど高かったので韓国岳と名をつけたという説。しかしながら韓国は見えない。
2.古事記には空国(からくに)とあり、虚国嶽(からくにだけ)とも書かれている。山頂付近に草木が乏しいことから空虚の地すなわち空国(むなくに)あるいは虚国(からくに)と呼ばれるようになったという説。
 午前6時過ぎ、えびの高原の道路沿いにある定番ルート登山口へ移動する。辺りはガスで何も見えない。駐車場の向かいにある石段を登ると舗装した歩きやすい遊歩道になり、硫黄山の標識を右折すると登山道に変わる。入口に新燃岳半径2kmは立入禁止の看板が立っている。すこし行くと周りは木々に覆われ、1合目に着く。登山道には親切に、一合ごとに標識が立っているが山頂まで1.7kmしかない。1合目から石を敷き詰めた階段状の急な登山道となり、あちこち噴石が転がっている。5合目に到着すると早々と下山する人とすれ違うようになる。ここはわりと広く、休憩ポイントになっている。我々もここで一本。8合目の標識が見えてくると、勾配もゆるくなり、左下に爆裂火口が見えはじめてきたので火口に近づいてみるが真っ白でまったく見えない。その縁を巻くように登っていくと山頂の標識が立っていた。午前7時45分、標高1,700mの韓国岳に到着。天気が良ければ霧島連山の壮大な眺望が得られる筈なのだが残念。
 まずは一等三角点にタッチ。韓国岳の火口は霧島23座の火山帯の中では、一番大きい。「死都日本」という小説で霧島火山が大爆発した時、韓国岳・硫黄岳は吹き飛び火砕流が鹿児島市内にまで流れ、火山灰は北海道まで気流に乗って空を覆い、日本中が浮遊微粒子に覆われて交通や通信が寸断されるなど様々な影響を及ぼしていくフィクション。破局的噴火が起きた場合の事態を描いた内容であるが、そんな噴火を起こす可能性のある火口はどのくらいの規模であるのかスケール感を感じたいと思っていたのだが今日は火口壁すら見えない。
韓国岳山頂 百名山3座目  気温18度。休んでいると寒くなったので大波池に向かう。急な木段を下っていくと避難小屋に着きここから大波池に沿って下山。大波池は周囲4km。一周すると2時間だが半分の西回りコースを採る。相変わらずガスはとれず大波池は見えない。見えていれば神秘的なコバルトブルーの火口湖を見下ろせたはずなのだが、僅かに火口縁の原生林がちらっと見えただけだ。下山口の大波池登山口まで4時間で終了。韓国岳だけではちょっと物足りない感じだ。本来なら韓国岳から獅子戸岳、新燃岳、中岳と顕著なピークを縦走した方が充実するのだろうが、天候や時間の関係、さらに登山規制されているのでは断念せざるを得ない。下山口では小山さんが車を回送してくれていて、温泉に向かう。新燃荘の温泉は白く濁った硫黄泉で、あまりに強い硫化水素のため入浴は30分以内と制限されている。年間5万人以上訪れる名物温泉。ところが温泉に行く途中で乗用車が自損事故で狭い林道を塞いでいた。車体がガードレールに食い込んで動かない。移動作業している内に車が次々と列をなし、屈強な若者数人が降りて来て近くにあった角材を使って強引に移動。車が通行できるスペースを作る。車は自力走行できない程フロント部を破損。
事故車は我々だけでは動いてくれません  入浴後祖母山登山口に向かうが、こんどはタイヤからカツカツと異音。GSに立ち寄りタイヤを覗き込むとネジが刺さっている。幸いネジの頭部がタイヤの山に引っかかってパンクは免れたようだ。 行き先は祖母山登山口(一の滝登山口)の神原キャンプ場なのだが、先導の小山さんは北谷登山口に向かっていく。「行き先が違う」と言っても「いいからいいから任せなさい」と勝手に進んでいく。計画書は眼中になく自分のお気に入りの方に誘導していく。ダートの林道を走ること30分。18時に誰も居ない登山口駐車場に幕を張る。小山さんとはここでお別れ。登山よりハプニングが多い1日でした。

新湯温泉 ああ、いい湯だな~

〈コースタイム〉
えびの高原登山口(6:25) → 韓国岳(7:45) → 大波池登山口(10:40)

【8月13日(月) 曇りのち雨】【執筆:内田】
 いよいよ8日目、実質的にはこの旅の最後の登山となる祖母山登頂の日を迎えました。 この骨太の山が箭内さんの記念すべき百名山目となります。
 北谷登山口駐車場から岩あり沢ありの風穴コースを経由して祖母山山頂を目指しました。登山開始後1時間程で風穴に来ると、冷気が下の岩の間から立ちこめていて、触れる梯子や岩はアイスのように冷たくそこは真夏の冷凍庫。風穴は洞窟のようになっていてはしごをつたって下りたその先にも真っ暗な洞窟が続いていて、なんとなく皆腰が引けて(正確に言うと成田さん)人を先にいかせようとする空気になりました。結局成田さんや土肥さんが懐中電灯をつけ先に進むも途中で進めなくなり引き返してきました。あまり暑い日ではありませんでしたが、夏の登山にこんなかたちで涼を取れる休憩ポイントがあるのは素敵だなと思いました。
 その後も霧の中を黙々と進み、ヤマクニさんが教えてくれた祖母山に生息する青い巨大ミミズ(噛む)と遭遇し、ついに山頂かというところで土肥さんが機転を利かせ、箭内さんにトップで行ってもらうことを提案。早速皆で花道をつくり箭内さんの記念すべき百名山のフィナーレを飾ったのでした。感動的な一瞬でしたが、登頂した瞬間雨がざーっと降ってくる始末。慌てて箭内さんが持参した「百名山完踏」と書かれた小さな横断幕と共に記念撮影をして近くの山小屋に駆け込み、あらためて祝杯をあげました。

百名山完踏ありがとさんシャンパンで乾杯なのだ

 前日に買っておいたシャンパンを成田さんが担いでくれたおかげです。この9合目の小屋はきれいなトイレを完備した立派な山小屋でしたが、とても山に似つかわしくないトランス系の音楽をガンガンにかけた不思議な小屋番の方がいました。雨だったので山小屋の軒先を借りてひとしきりお祝いをして下山することになりました。頂上では土砂降りだったものの、国観峠を経て三県界、千間平まで来るとまた真夏の日差しが戻ってきました。千間平はヒノキが立ち並び、広くはないけれども開けた気持ちの良い空間でした。
 その後北谷登山口まで降りて身支度を整え、福間さんと合流するため、阿蘇ホテルへ向い大宴会へと突入したのでした。
 百名山を達成して、次の目標を見失ってしまうのではと周りが心配した当の箭内さんは次の目標は北海道の沢だとか、全ての都道府県の最高峰もしくは最低山に登るだとか、全く遊び心は衰えておらず、さすが三峰の人間、なんて強欲なんだと感心してしまいました。

〈コースタイム〉
北谷登山口発(7:40) → 風穴(8:35) → 祖母山山頂着(10:10) → 9合目小屋発(11:15) → 国観峠(11:50) → 三県界(12:10) → 千間平(12:30) → 北谷登山口(13:25)

【8月14日(火) 曇り】【執筆:箭内】
 昨夕、阿蘇ホテルに着くとフロントロビーのソファーに美しい女性が座っていた。私が近付くとその女性も静かに立ち上がった。そして、なんとほほ笑むではないか。これが三峰のおねえ、福間さんだ。福間さんもわざわざ同じホテルに宿をとってくれた。有り難いことだった。昨夜の女性陣は遅くまで賑やかだったのは当然なのだった。
 さて、今日は予定の屋久島、九州南部の百名山をすべて登ったので、おまけの一日なのでした。そこで百名山の一つ阿蘇山に行った。車で行けるのです。噴煙を上げる阿蘇のお釜をのぞき見て記念撮影です。まったくの観光です。

福間ねえと阿蘇山ですおまけの熊本城です

 阿蘇の次は熊本城です。熊本城見学は、地元のボランティアガイドさんを頼みました。これは正解でした。一つ一つ見どころに案内してくれて説明をしてくれます。楽しく見学できました。ガイドさんの説明が終わったらフリータイムとしました。城内には様々な武将の服装をした人たちがいます。ボランティアで雰囲気を盛り上げているようです。熊本を真似て小田原城にも同じような人がいたことを思い出した。
 熊本城見学が終わるとこれで今回の山行で予定したことはすべて終わりです。杉本さんが探してくれた熊本ラーメンを食べ、いざ熊本空港です。ここで福間ねえさんともお別れです。わざわざ出てきてくれて有難うございました。次は一緒に山に行こうと別れました。空港ではお土産を買うとともに最後の打ち上げで盛り上がりました。ビール、ジョッキで2杯飲んだらちとホロ酔いになりました。
 居眠りしているうちに羽田到着です。運がよいことに予定の山にすべて登れました。毎晩楽しい宴会でした。充実した楽しい山行となりました。皆さん、ありがとうございました。


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