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読図ハイキング・倉掛山
渡辺 智世

山行日 2013年11月3日
メンバー (L)川崎、森田(純)、永岡、渡辺(智)、(網谷)

 「あの~ お客さん、終点の落合って行ったことありますか?」運転手はカーブのつづく山間の道を巧みにハンドル操作しながらバックミラー越しに尋ねてきた。
 塩山駅を出発した時は通路までビッシリ登山客でうまっていたバスは、大菩薩峠登山口、柳沢峠など主だった登山口で停まる度に次々と乗客を降ろし、最後、車内に残っていたのは私たち5人だけだった。「初めてです」と答えると「そうですか~」と、そのままバスは走りつづけた。
 それにしても妙なことをきく運転手だ。初めて訪れた客に車窓から周辺案内をしてくれる訳でもなさそうだし・・・ すると、しばらくして、その運転手の口から独り言ともとれる信じ難い言葉が飛び出した。
 「あれ~ 落合のバス停どこだったかな~ この辺だったかな~」
 前方に何軒か建物が見えて来たが、私たちも、そこが何という集落なのか判断することはできなかった。山間の小さな集落には不釣り合いとも思える大きな店構えの酒屋が見え「どんな山奥でも人の住む所には必ず酒屋さんがあるんだね~」なんて暢気な話をしていた私も、それらが背後に消えてしまうと流石に心細くなった。
 ふと腕時計に目をやると到着予定時刻を5分も過ぎている。おかしい! GPSで現在地を確認してみようか? ごそごそザックを探っている間にもバスはどんどん進み、前方に落合キャンプ場という看板が見えてきた。確かキャンプ場は集落より奥にあったはず。逸早く地図を確認していたケージーが、慌てて「運転手さん! 行き過ぎてますよ~」と声をかけてくれた。
「やっぱりそうでしたか、すみませんね~ ひき返しますので待ってくださいね」
 そうは言ったものの、くねくねと曲る渓谷沿いの細い道には大きなバスが方向転換できる場所はおろか停車する路肩もない。仕方なく走りつづけること十数分、やっと折り返すことが出来たのは、悲しい伝説で知られる柳沢川おいらん淵すぐ手前の分岐だった。
 やれやれ、何とかバスは落合に引き返してきたが、登山道入口に着いたのは予定より30分も遅い10時だった。それにしても、一度、廃線になったバス路線が久しぶりに復活したとは言え、運転手が終着地点を知らないなんて!? 流石のんびりした田舎のバスだ。一時は何処まで連れて行かれるのかと不安になったが、まぁ、一番、焦っていたのは運転手だったに違いない。
 さて、そんな前代未聞の珍事件でスタートした山行だったが、その後はトラブルなく順調に計画をこなすことができ、秋色に染まった景色を愛で、地図読みを楽しみ、進駐軍の廃トラックで遊んだ充実の一日となった。

 10時00分、東京都水道局・水源管理事務所落合出張所の脇から「水道水源林・100年の森・ハビロ沢」への入口を示す道標に従い水源巡視路へ入る。ちなみに、この水源管理事務所のすぐ向かい側が、前述の酒屋だった。あ~あ、そうと知っていたら、最初、通った時にバスを停めてもらったのに。まあ、仕方ないか。
 さて、水源管理事務所脇からハビロ沢の流れに沿うようにつけられた遊歩道は、とてもよく整備されていて歩きやすく、東屋や沢にかかる小橋を見ながら、しばらく進んだ。
 道は次第に沢を離れ、ゆるやかに高度を上げ尾根にのり、北側に回りこんで最初の目標「伝通院」へと向かった。伝通院だなんて、まるで、お寺のような名前だが、れっきとした山の名だ。笠取山山頂直下にある水神社の奥宮を、遠く離れたところからでも礼拝できるよう設けられた遥拝殿が、かつて、この山裾にあったのだそうだ。広々とした平坦な山頂はカラマツや広葉樹に囲まれ、明るく、雰囲気の良い山だった。
広々とした防火帯は落葉ふかふか  伝通院からは、ほぼ真西に進路をとり、いったん林道を横切り、その後は尾根を外さないように登った。途中、よく踏まれている巡視路をあえて避け、膝くらいの高さの笹藪に突っ込み、プチ藪漕ぎと地図読みも楽しんだ。
 そして、12時40分、墨川山に到着。南側につづく防火帯のおかげで足元まで大きく視界の開けた山頂からは笠雲を頂いた富士山や南アルプス、そして、色づいた樹々で衣替えした山々の美しい姿を思う存分眺めることができた。
 さて、墨川山から先は一般道だ。防火帯をしばらく下ると目の前に倉掛山への最後の登りが現れた。ゆったりと幅広い急斜面は雪が積もれば良いスキーのゲレンデになりそうだ。ここは、各自のペースで登りましょうということになり、それぞれ気合を入れて急登に挑んだ。黙々と15分ほど登り、倉掛山に着くと、そこでも何ものにも遮られることなく南側に富士山をはじめとする山々を望み、北側の樹々の間からは笛吹川や広瀬ダムを見ることができた。
色づいたブナの森を楽しく歩く  倉掛山から白沢峠へは、落葉の降り積もった広い防火帯をサクサクと乾いた踏み音をたてながら楽しく歩いた。20分ほど軽快に下りつづけ、道が平坦になると、樹々の向こう側にチラッと何やら赤茶色の物体が見えた。
 あった! 見つけた! あれが噂の廃トラックだ! 戦後、建築需要の高まりにともない多くの木材を運び出すために使われた進駐軍の払下げトラックが、そのまま打ち捨てられ、50年程経った今もこうして林道の途中に、その姿を留めているのだ。
 赤黒く錆びた車体。土に半分埋もれたタイヤ。外れて横たわったタイヤもある。そして荷台部分からは、桜の樹が、のびのびと枝を広げていた。 廃トラックに乗ってタイムトリップ!  この場所で、このアメリカ製のトラックは、何回、いや何十回、巡る季節を見たのだろう。落葉の降り積もった静かな峠の真ん中にポツンと佇む廃トラックに、敗戦後、新たな一歩を踏み出した日本の姿を重ねあわせた。
 ところで、この廃トラック、一見すると、すっかり錆びついているようだったが、今もちゃんとドアが開き運転席にはハンドルも残っていた。わいわい4人で乗り込んで記念撮影した後は、1人ずつハンドルを握り、ポーズをとっての撮影会となった。
 さて、童心にかえって思う存分自動車遊びした後は下山するだけだ。若干、荒れた急坂を下ったり小さな流れの渡渉をしながら、国道140号線「雁坂みち」の白沢橋に出た。そして、紅葉シーズンを迎えたためか思いのほか交通量の多い自動車道を、更に芹沢入口バス停まで歩いた。結局、朝30分のロスがあったため間に合わなくても仕方ないねと諦めていた塩山行きバスにも余裕で乗車でき、いつもの共同浴場「宏池荘」で一風呂浴びたあと、駅前でお酒とほうとう鍋でお腹を満たし、いい気分でJR中央線に乗り込んだ。
 今回の山行も、お試し参加の網谷さんをはじめ、足並み揃ったメンバーと共に、とても楽しい一日を過ごすことができた。さまざまな要素の詰まった、知る人ぞ知る魅力的な山旅に導いてくださった川崎リーダー、どうもありがとうございました。

〈コースタイム〉
東京都水道局・水源管理事務所落合出張所(10:00) → 伝通院(11:40) → 墨川山(12:40~13:00) → 倉掛山(13:25~13:45) → 白沢峠(14:10~14:30) → 白沢橋(15:25) → 芹沢入口バス停(15:35)


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