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黒部横断・鎌尾根~鹿島槍~牛首尾根~S字峡~雲切尾根~剱岳
金子 隆雄

山行日 2015年4月29日~5月6日
メンバー (L)金子、和田、軽部、古屋

 黒部横断も今回で3回目となる。昨年は黒部川へ下るのに変なルートを選んでしまったため時間がかかり欅平からトロッコ電車で帰る結果となってしまった。今回はそれを踏まえて練りに練った計画を作ったのだがそれでもなかなか思い通りにはいかないものだ。

【4月29日 晴れ】
 28日 23:00新宿発の夜行高速バスで早朝に信濃大町駅に着く。荷物を整理した後タクシーで大谷原へ向かう。大谷原にはかなりの車が駐車している。西俣出合には1時間強で着いた。雪は多くはない。正月の積雪量を考えるともっと多くてもよさそうだが3月、4月に暖かい日が続いたので融雪が一気に進んだのかもしれない。
スコップで階段を作り段差を乗り越える  出合で休んでいると後から来た4人パーティーが赤岩尾根へと登っていった。赤岩尾根の取付き付近は西沢からのデブリが堆積していてそれを乗り越えて行かねばならない。我々は北股本谷へと歩を進める。幾つかの大きな堰堤を越えて行くと正面に稜線から3本の尾根が落ちているのが見えてくる。左が布引東尾根、真中が目指す鎌尾根、右の短い尾根がダイレクト尾根だ。鎌尾根の末端は岬のように細長く突き出ている。鎌尾根には布引沢に入ってから取付くのが良いそうだが我々は北股本谷から末端を乗越して布引沢へ降りようとして末端部分に上がったが布引沢側は切れ落ちていて降りられなかった。尾根通しに進もうとしても藪で困難なため一旦北股本谷へ降りてもっと上流の藪のない所を選んで乗越してから取り付いた。
 最初は藪っぽいがすぐに藪もなくなる。鎌尾根はとりたてて厳しいところはないがいたる所でクレバスが開いていて大きな段差となっている所が多い。この段差を乗り越えていくのが大変だ。そんな所はスコップで階段を作って乗り越えていく。
 上部はナイフリッジになっている所も出てくるがロープは必要ない。2月や3月だったらかなり鋭いナイフリッジになるだろうと思われる。今日中に鹿島槍を越えておきたかったがやはり無理のようだ。標高2,500m付近で割れた雪面を埋めてスペースを作り初日の幕場とした。

【4月30日 晴れ】
鹿島槍南峰にて  稜線はすぐ近くに見えているがまだ時間がかかりそうだ。雪庇の張り出しが凄く、うまく越えられるかが気がかりだ。忠実に尾根を辿っていくとほとんど雪庇の張り出していない所を越えて稜線に出た。出発して約2時間かかった。すっかり雪が消えた登山道を登り鹿島槍の南峰に9時到着。目指す剱岳が遙かかなたに望まれる。
 しばしの間、展望を楽しんだ後、黒部川への下降にかかる。牛首尾根の出だしは雪がなくガレ場を下っていく。雪が出てくると快適な下降になるがしばらくは結構な急斜面だ。牛首山は藪が出ていて厄介なので捲いて通過する。牛首山を過ぎると十字峡へと下っている尾根が分岐しているのでそっちへ入り込まないように気を使いながら下っていく。
 今日中に黒部川まで降りるのは無理そうなので標高1,850m辺りで泊りとする。これ以上下ると雪がなくってしまいそうなので早めの行動終了とした。

【5月1日 晴れ】
 出発後まもなく雪がなくなり藪尾根となりルートファインディングも難しくなってくる。尾根も細く険しくなり2ピッチの懸垂後、更に藪の中を下降していくとコンクリート製の人工物が現れる。貯水槽のようにも見えるが何なのかはわからない。人工物は一つだけではなく幾つか出てくる。こんなに人工物があるなら道の跡くらいあってもよさそうだ。そういう目で見ると道らしきものが続いているように見えるので辿ると視界が開けた広い場所に出た。ここで長めの休憩とする。
 広場から先の下りは、これは絶対に道に違いないと確信できるようなはっきりとした道になり快調に下っていく。が、それも束の間、すぐにルンゼの源頭のような所で尾根は崩壊しており、そこにはコンクリート製の塀のようなものが建っている。この塀のようなものはボロボロで上を渡っていくことはできず、一旦ルンゼに降りてトラバースしていこうとカルベっちがトライするが岩は脆く浮石は多く足場はグズグズで崩れ易くて危険なので懸垂することにする。懸垂してルンゼをトラバース後に藪に突っ込む。尾根に登り返すには極端に脆い岩場を登らなければならない。5m程なのだがロープを出してだましだましで尾根に這い上がる。
尾根上に現れた塀のようなもの  尾根は真っ直ぐ続いているので先に進むがそこは石楠花の密藪でザックが引っ掛かりにっちもさっちもいかない状態になる。しばらく下ってみたが、もうだめだ、ルートを再確認しようとGPSで現在地を確認するとこの尾根は東谷へと下っていっておりルートを誤ったことが判る。
 塀のようなものが建っていた所まで登り返して西側を覗いてみると尾根が続いているようにも見えるので降りてみる。少し降りると尾根が切れ落ちているので懸垂する。途中、空中懸垂も交えて40mほど懸垂する。傾斜が緩んで歩き易くなった尾根をどんどん下っていくと岩稜っぽくなり古い導水管が出てくる。ルートは間違っていないようなので安心する。
 更に下っていくと眼下に黒部川の河原が間近に見えてくる。牛首尾根の末端近くまで来たようだ。日没が近づいているので見えている河原へ懸垂で一気に降りることにする。藪の中の懸垂はロープが絡んでスムーズにいかず時間がかかる。2ピッチ目の懸垂が終わらないうちに暗くなってしまいヘッドランプを出すことになる。真っ暗な中、もう1回懸垂して最後に急な雪渓を下だってようやく河原に辿り着いた。時刻は20時30分、とても長い1日だった、そしてとても疲れた1日だった。降り立った所は関電の地下発電所から延びる送電線が出ている真下だった。黒部川の上流の方がやけに明るいので斜面を見上げると照明が黒部川を照らしている。こんな山奥にこんなものがあるとは違和感をもたずにはいられない。
 黒部川で水をがぶ飲みし、水を汲んで、テントを設営して、食事が終わって寝たのは23時を過ぎていた。

【5月2日 晴れ】
 東谷出合は目と鼻の先だ、距離は100mもない。しかし、川沿いに出合まで行くのは無理そうで、強行突破はかなりきわどいヘツリになり川へ落ちる可能性が高い。地図では川の右岸に道が記載されているが探してみてもそれらしいものは見つけられない。牛首尾根を乗越して東谷に降りるしかないようだ、もう一度牛首尾根に登らなければならないとは思いもしなかった。
 急で足場の悪い牛首尾根の突端を登り、東谷を覗いてみると幸いなことに出合の上流50m程の所が雪渓で埋まっており渡渉なしで対岸へ渡れそうだ。急斜面なので懸垂1ピッチで雪渓上に降り立ち足早に対岸へ渡る。出合までトラバースしていって短いルンゼを登ると吊橋の脇に出た。今回はこの吊橋は渡らない。黒部川に沿って下流に進むとトンネルが出てくる。トンネルを通らないと先へは行けないので中に入る。トンネルの中には車が2台置かれていた。雪がなくなれば車が走れる道が現れるのだろうか。
 トンネルを出ると雲切谷の出合が見えてくる。雪の多い年ならば雲切谷のデブリが黒部川を埋めて対岸まで達するのでそこを渡って雲切尾根に取り付けるそうだが、今年は対岸まで達していない。黒部川は流れも速く川幅も結構広いので渡渉も無理だ。仙人ダムまで下ってから対岸へ渡るしか方法はなさそうだ。仙人ダムまではたいした距離ではない。
雲切新道の出だしは整備されたいい道  誰もいないと思っていた仙人ダムに人影が見える。男女二人で登山者のようだ。話を聞くと五竜から東谷尾根を下ってきたが履いていた靴が壊れてしまい下山するとのことだ。どこへ下るのだろうか、欅平まで歩くのだろうか。話しを聞いていて見覚えのある顔だけど誰だか思い出せないでいるとカルべっちは気付いていたようだ。廣川健太郎氏であった。
 雲切尾根は尾根に乗るまでにかなりトラバースしていくのだが、闇雲に登ったら何処へ行ってしまうかわからないのではっきりするまでは登山道を辿ることにする。仙人ダムから仙人谷までは雪もなく鎖やハシゴもあり分かり易い。しかし、仙人谷を渡るともうわからない。道を探して仙人谷を登ったり下だったりするが道は見つからない。もう適当な所を登って行くしかない。道があるかどうかはわからないが岩にペンキで印がある所の急雪壁を登ってみると上に道があった。雪が出てくるとまたわからなくなるが高度を保ったままトラバースを続けていけばまた道が現れる。それを繰り返していると道標が出てきて、そこからは尾根の直登ルートになる。もう道などどうでもいい、尾根さえ外さなければ問題ない。
 しばらく登って雪が出てきた所で幕営とする。皆寝不足なので今日は早めの終了とする。

【5月3日 晴れ】
 登り始めて少しで『ゴッチン坂』なる看板が目に入る。何だいこりゃ、落石に気を付けろとでも言いたいのかな。雲切尾根は所々雪が消えて登山道が出ている。地図では1,629mピークの少し先の登山道脇に温泉があるが残念ながら今回はそこは通らない。1,629mピークで登山道と分かれガンドウ尾根上の南仙人山へと続く尾根へと進む。南仙人山までは一面の雪で樹木もなく見通しが良いので近いように見えたが結構時間がかかった。
 雲切尾根は南仙人山の下でガンドウ尾根に合流しているので南仙人山には登らずに済んだ。ガンドウ尾根に合流する手前には爪跡も生々しい大きな熊の足跡が我々が行きたい方向へと続いている。これにはちょっとビビってしまった。幸いに熊に出くわすことはなかった。仙人池ヒュッテは前回来たときと同様に屋根の一部だけを出して雪に埋まっている。
 計画ではここから池平山へ登り北方稜線経由で剱岳まで行くことにしていたが、行程が2日遅れで進んでいるので北方稜線はカットしてここから剱沢へ降りることにする。剱岳へは長次郎谷から登れば遅れを1日取り戻せるはずだ。二股へと降りる尾根はそこに一般登山道があるとは思えないようなナイフリッジが続く険しい尾根となっている。剱沢を登りハシゴ谷出合の少し先の右岸台地に幕営する。

一般登山道が付いているとは思えないようなナイフリッジが続く尾根

【5月4日 雨】
 入山以来ずっと晴天が続いていたが今日はダメなようだ。出発前に少し降ったがすぐに止んだので予定通り長次郎谷から剱岳へ登るべく出発する。長次郎谷の出合まで来た辺りで本格的に降ってきそうな気配なので雨具を着込む。
 熊ノ岩から左俣へと入る。雨は土砂降りというほどひどくはないがずっと降り続いている。ガスって視界も良くないせいかやけに長く感じる。自分は雪のある時期に長次郎谷を最後まで登り詰めたことはない。途中まで下ったことなどはあるのだが登るのは初めてなのだ。秋の雪のないときに一度登ったことがあるが落石がひどくてお薦めできるルートではない。
 13時、ようやく長次郎のコルへ登り着く。思いの外時間がかかってしまった。コルに雪洞が残っていたので、ちょっと狭いが中に潜り込んで雨宿りする。さて、この先どうするか検討する。このまま剱へ登ってもこの天気の中では面白くないので今日は止めておくことにする。
 雪洞は狭いのでテントを張る。風があるので周りにブロックを高く積んで風除けにするが風向きが一定でないので効果があるかわからない。これで雄山東尾根の下降はなくなった。下山はハシゴ谷乗越から内蔵助谷経由で黒四ダムへと決める。剱へ来るたびに下山ルートとして雄山東尾根を計画に入れているが未だ実現したことがない。

【5月5日 晴れ】
剱岳山頂にて  今日は快晴、昨日は止めておいて良かったようだ。出発準備をしていると北方稜線方面からのパーティーが通り過ぎて行く。
 目の前の頂稜へと上がる急雪壁はステップがしっかりと刻まれ、固くクラストしておりアイゼンがよく効く。今年はフィックスロープも張られていた。急雪壁を登り切って稜線を少し辿ると山頂だ。山頂には誰もいない、先ほどのパーティーはもう降りたようだ。今年は雪が少ないようで祠の下の石垣まで出ていた。
 幾度となく通った別山尾根を下降する。何度も通ってはいるがいつも降りるばかりで登ったことは一度もない。平蔵のコルから平蔵谷を下降する。時間も早いので雪もまだ緩んでいなく、デブリの跡もほとんどないので快適な下降だ。一昨日泊まった台地に上がりハシゴ谷をトラバースしていきハシゴ谷乗越を越える。広大な内蔵助平を突っ切り内蔵助谷の右岸を下っていく。右岸の小高い所をトレースに導かれて下ってきたが行き詰まるとトレースもなくなる。ルートを探して登ったり戻ったりするが判然としないのでブッシュを頼りに10m程谷側に降りてトラバースして行く。
 黒部丸山の岩壁を見上げながら通り過ぎるとその先は岩雪崩の跡が谷を埋めていた。最終のトロリーバスには間に合いそうもないので内蔵助谷の出合に幕営する。

【5月6日 晴れ】
 出合からしばらくは黒部川の雪渓上を歩き、後はずっと左岸を歩いて行く。右岸へ渡る橋は相変わらず壊れかかったままでヒヤヒヤしながら渡る。最後を締めくくる急登でいつものようにヨレヨレになって上がった所は展望台だった。上へ上がり過ぎてしまったようだ。
 でもまあ展望台に上がればビールが飲めるので良しとしよう。時間が早いせいかバスもそれほど混んでいなかった。扇沢からタクシーで大町温泉へ。1日1本しかない大糸線からの直通のあずさで帰途についた。連休最終日のためか割と空いていて座って帰ることができた。

展望台の売店でビール 美味いっ!
〈コースタイム〉
【4月29日】 大谷原(6:05) → 西俣出合(7:25~8:00) → 鎌尾根末端 (9:15) → 2,500m付近幕場(16:20)
【4月30日】 幕場(6:10) → 稜線(8:20) → 鹿島槍南峰(9:10) → 牛首山(11:30) → 1,685m幕場(15:20)
【5月1日】 幕場(6:15) → S字峡(20:30)
【5月2日】 幕場(6:40) → 東谷吊橋(9:30) → 仙人ダム(11:30) → 1,090m幕場(15:10)
【5月3日】 幕場(6:20) → 1629mピーク(9:50) → 南仙人山(12:30) → 仙人池ヒュッテ(13:45) → 剱沢二俣(16:15~30) → ハシゴ谷出合幕場(17:45)
【5月4日】 幕場(6:30) → 長次郎谷出合(7:40) → 長次郎のコル(13:00)幕営
【5月5日】 幕場(7:20) → 剱岳(8:00~20) → 平蔵のコル(9:10) → ハシゴ谷乗越(13:00) → 内蔵助谷出合(16:30)幕営
【5月6日】 幕場(6:15) → 黒四ダム(8:50)

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