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縦走・西表島西岸
メンバー全員

山行日 2015年11月20日~23日
メンバー (L)和田、飯塚、深谷、土肥、内田、永岡、軽部、宮本

 西表島の独特のゆるい雰囲気が好きで旅行で何度か尋ねていた。その素晴らしい自然のもっと奥を覗いてみたいと2011年西表島内陸横断を企画、三峰あらくれメンバー+別所氏でいつもの山行とは違ったジャングル歩きを楽しみ、より一層この島の魅力にとりつかれた。2013年島の南側から西側の鹿野川湾まで海岸沿いを縦走、今回はその鹿野川湾から先をいく3回目の冒険となる。今回のメンバーは、半分が2回以上参加、半分が初参戦ということで、各日それぞれの新旧メンバーによる記録を残すことにした。(和田)

【11月20日】(キューティー深谷)
 またまた来てしまった西表島。今回は前回の続きで、鹿川湾から西海岸を通り舟浮までの行程。前回の南海岸で惜しくも逃がしてしまった巨大伊勢海老とヤシガニ、1個しか取れなかったシャコガイ、バラス島で見たデッカイ魚達を今回こそは「獲ったど~!」の雄叫びをあげるべく装備を念入りに整えた。妄想はとめどなく膨らみ、大物も狙えるようにとリールを新調し、ルアーも色とりどり調達。小魚用に餌釣りの仕掛けも。そして潜って獲物をゲットすべく4本継の手銛にあわび起しに貝割りナイフまでも購入した。『荷物は軽量化するように!』というリーダーからのメールも上の空で、総重量2kgオーバーの道具をザックに忍ばせ、いざ西表島!6:40羽田発の飛行機に乗り、石垣島空港で先に到着していた宮もっちゃんと合流し、前回買出しをしたスーパーに立ち寄り、前回同様大量の酒とツマミを買い込んで石垣港へ移動。石垣港の近くでマグロをツマミに冒険の旅の始まりを乾杯し、石垣港からフェリーに乗船し西表島上原港へと向かう。事前の天気予報は上方修正され、爽やかな青い空と美しい海が広がっており、船から下りると、予約していた釣り船の村瀬さんが笑顔で待っていてくれた。「ヤシガニは捕れますかねぇ?」と話しかけると、「捕れるけど、ヤシガニは挟まれると痛いよ~」「えっ、指とか切れちゃうとか聞いたんだけど?」「そうね~、切れちゃうね~」となんともゆる~い感じの会話で盛り上がり、伊勢海老や大物も釣れると聞いて、テンションは上がりまくり!釣り船に乗り込み、ひたすら青い海原を今宵のキャンプ地である鹿川湾に向かい出航。少々波が荒れていたが、巧みな舵さばきのおかげで快適な乗り心地。船の縁から海に足を投げ出してニコニコしている軽部っちは、まるで少年のようで何とも楽しそう。南の海は、みんなを子供の頃にタイムトリップさせてしまうのだろう。(東宝男優にトリップしちゃった男子もいたけどね)そして1時間半程で鹿川湾に到着。途中で一昨年歩いた南風見田キャンプ場からの海岸線の風景が見られ、常連組はいろいろな思い出を胸に感無量。鹿川湾到着後は、大岩と流木でタープを設営後、釣り、潜り、焚き火宴会とそれぞれが好きなことを始めた。
鹿野川湾上陸  私は、さっそく釣りの準備をして、西側の岩場からルアーを投げるも全くヒットなし。おまけに何度も珊瑚礁に根掛かりして、近くを潜っていた宮もっちゃんに糸を手繰って回収してもらう始末。砂浜に移動するも、潜っていたKGから「砂浜は熱帯魚みたいな小魚しか居ないよ」と言われ、東側の岩場に移動。
 こちらは海藻が多く何度投げてもルアーの周りにたんまりと海藻が釣れるだけ。そういえば、もう満潮時間だった。「釣りは干潮時にリーフの先端まで行かないといい獲物はいないよ」って船頭が言ってたっけ。潜りに行こうかとも思ったが、陽も翳ってきた上に、前回滝が流れていたところが渇水していたので、初日から海水ベタベタで寝るのもなんだかなぁと思い諦めた。まっ、まだあと2日あるし、今日はツマミもたくさんあるので、焚き火宴会に入ることにした。(この時はこれが最後の竿出し、この道具達がただの辛いボッカになってしまうとは微塵も思ってなかった・・・泣~!)海辺ならではの巨大な焚き火と星空、時折蛍が舞って、宴会は絶好調!出発前夜、前夜祭&りんごちゃんの還暦前祝と称して、我が家の酒をほとんど呑み空かしたアラクレ達は、やさしい波の音を子守唄代わりに美しい星空の下就寝。・・・この時はこんな癒しの夜がまだ2日あると思っていたのに・・・甘かった!この後、アラクレ部隊はいよいよ本領発揮!! 激しいアラクレぶりを爆発させるのだった。ちなみに、2週間経った今でも、アダンによる無数の擦過傷はしっかり手足に残っている。

砂浜で焚火&宴会

(軽部)
 前日はキューティー邸に泊めていただいて軽く寝酒のつもりがリンゴちゃんの還暦前祝いの後、KGさんといつもの二人飲みになり結局泥酔。 石垣島に着いた頃やっとお酒が抜けてきた。空港からはバスでスーパーに買い出しに行き、そこからタクシーで石垣港、フェリーで大原港へ渡った。ここからはチャーターした船で鹿川湾向かう。船頭の村瀬さんはいかにも南の人といった感じでニコニコ、ユッタリしていて嬉しくなってしまう。 船上では気持ちいい風を受けながら西表島経験済みのあらくれシスターズの話を聞いたり寝そべって波で遊んだりと今までにない開放感で山も良いけど海も楽しそう。鹿川湾の一番奥まった所に船を着けてもらいタープを張って一本飲んでから宮もっちゃんに注意点など教えてもらって初めてのシュノーケリングをした。宴会は大盛り上がりの笑いっぱなしで翌朝、腹は筋肉痛となりこの時は楽しい予感しかなかったのでした。

【11月21日】(飯塚)
 昨晩は2年振りに帰ってきた鹿川湾で、前回果たせなかった、満点の星空の下で盛大な焚火宴会をやることができて、大満足の中、心地よい砂浜で眠りについた。そして今日からは、いよいよ未知のルート西表島西海岸への大冒険が始まるのだ。本日のルート、鹿川湾からパイミ浜までの前半は、コース中特に難所と言われている落水崎から先の岩場地帯を越えて行くルートであり、干潮時に海周りで行かなければ、通過が困難な場所なのである。その為、干潮の時間に難所地帯を通過できるよう時間配分し、まだ薄暗いがAM6:30に出発となった。歩き始めてしばらくして、鹿川湾の左際から柔らかい朝日に包まれた太陽が昇ってくる。しかし行く末には、大きな岩がゴロゴロとした海岸線が続いており、朝一から結構ハードな歩きとなった。時には巨大岩が行く手を阻み、それらを登ったり巻いたり、時にはザックを外して引き上げてもらったりしながら、皆で力を合わせて越えていった。そして、難所の岩場は、うまく干潮に合わせられたために、1回のみロープを出しただけで、問題なく通過することができたのだった。

難所の岩場ウビラ石

 その先も干潮の間にできるだけ海周りで歩けるようにと、全員かなりペースを上げて歩き続けて、ようやくウビラ川に到着。ここまでくればほぼ安全地帯なのでようやく緊張から解かれ、ウビラ川の沢で水作りをした。全員2リットル以上の水を担いだが、重荷に加えこの後は暑さとの戦いとなった。この先は、石ころ系のやや歩きやすい海岸歩きとなり、各自のペースで歩いて、巨大な1枚岩の奇妙な形のウビラ石に到着。
 もの凄く大きい石(岩)なのだが、威圧感はなく、岩の斜面には、まるで将棋の駒のように切り込みの入った石が綺麗に並んでいるところもあり、今にも1個ずつその駒のような石が動いて落ちそうな雰囲気である。見れば見るほどなんとも不思議な石なのである。この岩の傾斜は緩いので上まで登れるのだが、海側は崖になっていて強い波しぶきが打ち付けていた。石のてっぺんからの景色は、紺碧の太平洋の大海原が果てしなく広がっていて、ここで気持ちよい海風に吹かれていると、まさに今、日本のほぼ最西端に立っているんだという思いが、じわじわ湧いてきた。ここまでくれば今宵の宿パイミ浜には間違いなく到着できると、この先もみんな頑張って歩いたが、パイミ崎まで意外に長くやっぱり暑かった。それでもどうにかパイミ崎に到着し、時間も既に16:30をまわっていたので、すぐに全員でパイミ崎越えの道を探るが、道らしきものはなく、どの斜面もまさにアダンのジャングルに阻まれている感じだ。それでも、やや藪の薄くなっている踏み跡??と思われる場所を見つけて、一番元気なわだっちLが、トップで藪に突っ込んでいき、その後をこのジャングル越えで命名されたエデン(宮もっちゃん)が突っ込んでいく。
後ろがアダンの藪  ここまでで既に約10時間行動してきたので、私を含めヘロヘロ気味のメンバーもいたが、このパイミ崎を越えてパイミ浜に抜けるために、必死でアダンの藪に突っ込んだ。この藪は・・・シャクナゲの藪漕ぎ以上に厳しく、果たして藪漕ぎというよりも、拷問に近いと言っても過言ではないだろう。アダンの強くて太い幹に捕らわれると、体が身動きできなくなり、そこからはい出そうとしてもがくと、アダンの葉の棘が体のあちこちに刺さるのである。他にも細いツルの植物の棘に引っかかったり、拷問に近い藪漕ぎを繰り返していくと、熱中症になる者や傷だらけになる者が続出であったが、カッパの上着を着込んで藪漕ぎをしていたウッチーが、唯一涼しい顏をしているのには驚いた。この人の体温の適応力は、とてもじゃないが人間とは思えない。それでもこのパイミ崎の尾根上のやや広いコルに、全員が揃ってそこで休憩をとったところで、日はとっぷりと暮れてしまった。ここで作戦会議をし、パイミ浜方面の次のコルを目指して下りていくことになった。そしてここからが、本当のアダン地獄に陥ることになるのであった。
 出だしは、にっくきアダンも少なくなり、踏み跡もどきを辿っていけたのであったがそれもすぐに無くなり、しばらく彷徨っているうちに沢の形状の溝に出た。この暗闇の藪の中では、目指すコルも進むべき道も見えないので、パイミ浜の方向に向かっているこの沢筋を辿っていくのが一番だと、またしてもわだっちが先頭で突っ込んでいく。そしてこの沢下りが、前述のアダン地獄・・・上から横から覆いかぶさる激しいアダン藪に身も心もズタズタにされたのであった。それにしても、そんなアダンを膝で踏み倒してつき進むワダッチの太ももが凛々しすぎた。下山後、足を見せてもらったら、膝から太ももまで、無数のアダン傷で真っ赤になっていて、それはまさしくこのジャングルで傷付けられたのであった。エデンの掛け声が暗闇に響き渡り、それぞれがアダン藪の中を進んでいく。立ちはだかるアダンの根っこの下を匍匐前進したり、棘々の枝の下をリンボーダンス風にくぐり抜けたり、交差している枝に体が捕らわれる前に、ザックを投げ出してアダンをくぐったり、跨いだりと・・・、なりふり構わずのスタイルである。とにかく、どうでもいいから早く抜け出したい気持ちだけで進んで進んで、標高が15mを指したとき、突然、潮の香りが強くなった。「海が近い!!」と、最後の力を振り絞って進み、沢が広くなり足元が砂っぽくなってきたその先、なんと4時間かけてようやくパイミ浜に抜け出たのであった。
 そこは暗闇の中であったが、月夜に照らされた白い美しい浜辺が広がっていて、今までアダン藪と格闘してきた我々にとっては、まるで天国の様な場所であった。みんなヘトヘトであったが、気持ちの良い砂浜にすばやく銀マットを広げ、焚火&宴会準備ができ上がると、すぐにいつもの三峰スタイルとなる。宴会が始まると、あんなにバテていたりんごちゃんのスライドインなテンションが炸裂し、また、今日の「アダン藪漕ぎ地獄話」を、面白おかしく爆笑話にしてしまう三峰アラクレ達って、やっぱり凄い!今宵も月夜に満点の星空の下、パイミ浜の静かな波音を聴きながら、疲れた体を横たえ眠りに落ちたのだった。

(永岡)
 今日は今回の西表島山行で一番楽しみにしている鹿川浜からパイミ浜までのルートだ。鹿川浜からウビラ川までが潮の状況で難易度が変わってくる。干潮の9時39分までに難所は越えたい。6時出発の予定がいつまで経ても、明るくならない。結局6時30分に薄明るくなり出発。磯場を進む。岩は乾いており、フリクション抜群で歩きやすい。7時に東側の水平線からご来光。ずいぶん大きい太陽に思えた。記録では鹿川浜から30分程度で難所ということだったが、よくわからないまま通過。巨岩が多かったので、体の小さい人は厳しかったようだ。8時15分、落水滝に到着。
 記録では鹿川浜から1時間程度ということなので、遅れ気味。落水崎を越え、500m位で陸地から進むことができなくなり、今回初めて海の中に入ることになった。深さはないが、波がほどほどあった。ロープをつけて自分が先行。磯に上がってその先を見に行くと、ずっとリーフが続いていた。ロープは出したが、皆、難なく磯に上がれた。その先のリーフ歩きは、深さはひざ下位で、浮袋にザックを乗せるには波があり、ちょっと無理。ところどころ深みがあり、下をしっかり見ながら歩く。ここでは、甘えん坊のりんごちゃんと手をつないで歩いた。前回の荻原さんと同じだ。前の方で、誰かが笑っていた。11時30分、ウビラ川到着。13時ウビラ岩到着。記録ではウビラ川から1時間強でウビラ岩だが、暑さと疲労でトップを歩くリーダー達と遅れをとっているメンバーとは大分差が出てきた。ここで大休止を取って13時40分出発。
巨岩越え  16時30分パイミ崎手前に到着。ここにくると、後半を歩いている人たちはかなり疲労していた。ここからはヌパン崎をまわって海岸沿いを行くかと思ったら、手前をショートカットして巻くということ。標高30m程度で距離も大したことがないといっても、チクチクのアダン。とりつきをみるとどこもアダンの藪。ピチピチのウェアだったので、カッパを着てアダンに突入。すると、直ぐに吐き気が出て、体が動かなくなってしまった。これが熱中症というものか?全然体に力が入らない。カッパを脱いで、キューティーから塩をもらい、アクエリアスの粉を舐めて暫く横になってようやく体が少し動かせるようになった。申し訳ないことに、みんな疲れているのに、自分の荷物を持ってもらい、ゆっくりみんなの後をついていくことになった。18時20分、ようやく30mのピークに到着。あたりはすっかり暗くなってきていた。ピークは若干風が通り、涼むことができ、大分体が復活してきた。ここまで殆どわだっちリーダーがずっとトップでアダンの劇藪をこいでいた。かなりの疲労だったろう。全く申し訳ない気持ちで一杯。余力がありそうなのは、涼しい顔をしてカッパを着ているうっちーと職人軽部っち、なぜかハイテンションな宮もっちゃん。他のみんな何も言わないが、疲労は隠せない。わだっちリーダーに代わって宮もっちゃんがアダンの劇藪をリードで進んで行く。登山経験がほとんどない宮もっちゃんで、後ろも不安なのか、「道ある~?」誰かが問いかけると宮もっちゃんから「道あります~」との返事。道なんかあるわけないだろ~と心の中で突っ込みを入れると、直ぐに「ありませ~ん。エデンです~」そんなやり取りが続いているうちに、だんだん体が復活してきた。少し復活したので、藪こぎに慣れていない宮もっちゃんに代わって、自分がリードで進むことにした。ルートは沢を下るだけ。水はなく、アダンだらけで明確な沢ではないが地形はわかるので、アダンをくぐったり、跨いだりでとにかく突き進むことにした。とにかく早くこの藪を抜けて、パイミ浜に行きたかった。恐らくあと10mも進めば浜だろうというところに比較的開けた場所があり、そこで、ちょっと気持ち悪くなったため、宮もっちゃんと一休み。3番手の土肥さんに前を譲ると、直ぐに「浜に出た~」との喜びの声。20時20分、とうとうパイミ浜に到着した。真っ暗だったが、パイミ浜はきれいだった。疲労と寒さで体がガタガタ震えていたので、直ぐに焚火をした。焚火の近くで軽く一杯やって、その日は焚火の近くで眠りに就いた。

藪越えに4時間かかった乗越

【11月22日】(内田)
 本日の行程はパイミ浜から海岸沿いに進みウボ川経由でアヤンダ川を下降し綱取湾からボートで船浮まで。前の晩、強力なリーダーの元、熱中症になる者が出つつもチームでフォローしあい強引にアダンの藪越えをしてパイミ崎を迂回しパイミ浜まで辿りついた。長時間歩行の最後に極めつけのアダン藪漕ぎがあり全員疲労困憊であったため、翌日どこまで自力で歩くかという話になった際、17時に網取湾でボートに迎えに来てもらい船浮の宿まで行きそこで打ち上げのBBQパーティをするという楽々プランに異論を唱える者はいなかった。翌朝は皆一様に緊張から解放され、行程にもゆとりができたため、浜が明るくなる6時半近くまでゆっくりと寝た。のんびりと朝食を取りひと泳ぎするものもいた。パイミ浜を山側に入っていったところの水場が割とキレイだったので、1日分の行動水を作り担いで持って行くことになった。今日は楽しいリーフ歩きで、しかも網取湾に17時までに着けばいいのだから相当時間を持て余すのだろうと考えていた。というわけで9時出発の予定が10時過ぎの遅出となってしまった時にも誰も気にもとめていなかった。これがまさかまた新たな過酷な1日の始まりだとはこの時点では誰一人考えていなかったのだ。

パイミ浜にて海中散歩

 パイミ浜から海岸沿いに歩き始めてすぐ、波も穏やかなので荷物を浮き輪に括り付けて歩くことにした。皆ゴーグルをつけて思い思いに潜りながら進んでいく。海の透明度は高く足元には綺麗な珊瑚礁が広がりその珊瑚礁を縦横無尽に駆け回る色とりどりの無数の魚。これぞ南国!これがやりたくて参加したと言っても間違いではない。
 途中軽部さんが直径25センチはあると思われるシャコ貝を潜って取った。しかも二つ!持ってみるとボーリングの玉ほどに重い。さすがにこれを持ち運ぶのは困難だという事で途中の崎山川を越えた砂浜で大休止を取りここでシャコ貝試食会となった。海産物に強い千明さんが率先して貝をこじ開けようとするが全くびくともしない。最後は強硬手段で貝を岩に打ち付け叩き割り中身を取り出す。中身は黒いヒラヒラした身と大きな白子のような物体が黒い膜に覆われていてグロさ満点。貝柱は蒲鉾サイズの大きさで歯ごたえもあり食べやすい。貝柱以外は磯の香りが若干きつすぎて見た目のグロテスクさも相まって皆当初のテンションがみるみる下がっていきなかなか箸が進まない。結局最後はお味噌汁にして出汁だけは完食した。あまり美味しいものではないというのが一同の感想だったが、百聞は一見にしかず!三峰隊のチャレンジ精神は素晴らしい。
大きなシャコガイ  そうこうしている間にもう13時。慌てて身支度を整え、また荷物を浮き輪に括り付けウボ川を目指し干潟の地形の浅瀬を進んでいく。途中ウボ川に行くまでの間の岸に人がいるのが見えた。誰かの記録にもあったここに住みついているという住人だろうか。椅子のような人工物も見える。こちらに全く関心を示していないようだった。ウボ川の出合あたりに来ると一面マングローブの森が広がり景色が一変した。同時に今まで砂浜だった足元が粘土質の土に変わり足が取られてバランスを保つのが難しくなっていく。浮き輪に体重をかけ泥に足を取られないよううまくやり過ごしてウボ川を上流へと進む。ここからアヤンダ川へと向かう道が右岸に現れるはずだった。いくつかここかな?という場所があってもどれも確信を持って言えるほど明瞭な踏跡ではなかった。結局一度は登り始めた道を下り、沢に戻り沢沿いに進む道にある赤テープを見つけた。その後はテープに忠実に沿ってコンパスと睨めっこしながら途切れ途切れになりがちな赤テープを人海戦術で探していく。途中通過する予定となっていた分水嶺に到着した頃にはすでにあたりはうす暗くなり始めていた。おそらく16時は軽く過ぎていたと思う。その後も沢形の道をテープを頼りに進んでいく。この時点で17時に綱取湾につくのはほぼ無理だろうと確信する。その後も刻々とうす暗くなっていく森の中で目を凝らしてテープを探して進む。分水嶺を超えてからアヤンダ川にぶつかるまでの道は割と平になっているため非常に分かりづらかった。それでもテープを丁寧に探して進んでいくと道はどんどん沢となっていき、その沢はアヤンダ川との出合いわずか30メートル程上部でゴルジュ帯となりそれ以上下ることができなくなってしまった。仮にそこを懸垂したとしてもその先が見えない。ゴルジュ帯に降りて身動きが取れない事態は避けたい。そもそもこんな道通常人が通る道であるはずがない。すでにその時点で18時半は過ぎていたと思う。このままビバークとするか進路を変えて前進するかという作戦会議の結果、右岸に高巻きができそうな比較的緩やかな等高線が地形図上に確認できたのでそこを目指し、そのまま沢からいったん離れ尾根に乗り、その傾斜の緩い尾根道が当初降りようとしていたアヤンダ川の地点よりもさらに上流で出合うポイントを目指すこととした。それが見つからなければできるだけ平らなエリアを探しビバークするという結論に至った。そうしたところ10分ほど沢を登り返した右岸に比較的緩やかな傾斜が出てきた。そしてなんとそこに赤テープを発見。この後はチーム全員体制で赤テープを探す。様々な記録に赤テープには惑わされるなと書いてあるものの、真っ暗な中では地形すら確認できない。加えてここに来るまでは赤テープ(たまに白・黄色)を辿って無事これたこと、また西表経験者達が言うには西表の違うエリアではある程度赤テープが信用できたことなどからとにかくテープを探すことに注力する。結果、その後もところどころテープを見失いながらもなんとか点と点を結んで進み無事にアヤンダ川に降り立つことができた。この時点で20時半近くなっていたと思う。ただこの時は目指していたアヤンダ川に降り立つことができたので、このまま川を下れば綱取湾まで出られそこでなんとかボートが呼べる、そして今晩宿泊予定となっていた宿で石垣牛にありつける可能性がまだあるかもしれないと考えていた。しかし下降していくアヤンダ川は岩がゴロゴロとした通常の沢と何ら変わりない地形。ジャングルの中のゆったりした川を浮き輪で流されていくイメージは無残にも覆される。懐電だけを頼りに時には腰まで水に浸かりながら沢を下っていくこと1時間強。またここで巨岩帯に突き当たり進路を塞がれてしまった。先頭の和田Lと軽部さんが偵察に行くが、前進は不可能という結論に至りここで事実上ビバーク決定。少し川を戻った右岸に割と平らなビバーク適地を見つけ22時20分、長い1日が幕を閉じた。何度もダメかと思っては一縷の望みである赤テープが見つかったり踏跡が出てきたりを繰り返し、その都度絶望と希望を何往復もしたが、最後は絶望で終わってしまうなんて!逆転のまた逆転を繰り返したシーソーゲームが最終的には負けで終わってしまったような悔しさがあったが、時はすでに22時。沢を歩く常識的な行動時間はとうに過ぎている。ここまで我々を突き動かしていたのは非常識なまでの石垣牛と冷えたビールへの欲求だったのだろう。よし肉は午前中に持ち越しだ!と気持ちを切り替えると、あとはもう歩かなくていいんだという安堵感も重なり、疲労はマックスになっていたものの、ビバーク地ではいつもの明るい三峰隊が顔を出し名残惜しく寝酒をチビチビやりながら寝床についた。

元気な還暦熟女(最終日) (りんごちゃん土肥)
 3日目は楽勝のはずがとんでもなかった。ルート探しに想定外の時間がかかった。ただひたすら、今宵のうちに石垣牛と冷たいビールをふねっちゃーぬ小屋で!とのメンバーの暗黙の了解のもと、夜の10時ごろまで沢下りをした。もう最近は大好きな沢登りもちょっと厳しくなっている土肥なので大石の段差どころか、真っ暗な中で水の中の一歩さえも怖々で誰かに掴まる。おもにKGと宮本さんに掴まって何とか下る。しかし、こんな状況であっても三峰はだいじょうぶ。今までの山行でもいろいろ!あったが三峰のリーダーとメンバーを信頼している(今回は海とジャングルだけど概念的には間違いなく山)。2年前、南風見田の浜からきらきらしたリーフ歩きで鹿川湾から沢を登り、ウダラ川を下って網取湾から船浮まであまりにも素敵な経験をしてしまったので、今回も参加しました。還暦を迎えるということは、人生がそこで一度終わったことだと思う。そして最近はみんな長生きなのでまた生き直しです。再生?です。パイミ崎手前まで超スローな土肥を我慢強くフォローしてくれた陽子ちゃんとKG、崎山湾ででっかいシャコガイといっしょに土肥もシュリンゲでくくりつけて引っ張って泳いでくれたわだっち、山行日前にもかかわらず還暦前祝のケーキサラダを作ってくれた千明、沢を下るときは軽部さん、KG、宮本さん、うっちのフォローがあってやっとできました。ハイビスカスと林檎のメガネとモンベルの赤いキャップ、大田さん(今回は参加できなかった)からの赤いちゃんちゃんこ(Tシャツ)ありがとうございました。ワダッチの言うとおり、ジャングルのビバーク地で還暦を迎える熟女は日本中探してもわたししかいませんね。なんという幸せ者!みんなありがとう! 西表島、次回は後方支援にまわりますね。外離島、内離島を探検してみたいです。

【11月23日】(和田、エデン宮本)
〈和田〉
 4時半起床。浄水器で水を作る。4日目ともなると慣れたもので時間もかからない。
〈宮本〉
 和田さんが一人早起きしてシュポシュポと浄水器で水を作っていたのを寝ぼけながら聴いていました。皆さん瞳を閉じてイメージしてください!小さいころ一度は聞いたお母さんが朝早くからお味噌汁作る、あの時の音を!! 重なりましたよ。(笑)
〈和田〉
 この日は、前夜のミーティングで、アヤンダ川を上流に向かい、宿の情報の右岸の河口に向かう道をみつけたらその道を、見つからなかったら昨日川に合流した場所まで戻り、崎山半島のジャングルを横断するルートをとろうと決めていた。なかなか明るくならないので昨晩ちあきさんがみつけた幕場近くのふみ跡っぽい道をGPSを持っているKGと偵察にいくことにした。20mほど上るとふみ跡が消えたので周辺を慎重に探っていると、稜線に向かっていったKGから道がわからなくて戻れないと声。GPS持ってるやんけー、と思いながら木をゆすって居場所を知らせ元の場所へ戻る。
〈宮本〉
 待機班は、和田さん&KGさんの会話をFさんオリジナル解説付きで聞きながら大爆笑中でした。内容は、内緒ですけどね。和田さんKGさん偵察有り難うございました。
〈和田〉
 結局、右岸ルートは発見できず明るくなるまで待って7時頃、上流に向かって出発。昨晩不気味に目を赤く光らせていた川エビが澄んだ水を気持ちよさそうに泳いでいた。10分ほどで昨日アヤンダ川に合流した場所に到着。昨晩かなり歩いたと思っていたところが、たった10分の距離だった。すぐに、対岸にピンクテープを発見。
〈宮本〉
 本当に驚きでしたよ。暗闇と疲れで距離感があれほど変わるとは・・・。前々日もアダン藪漕ぎ中にビバークするか?の話が出ながらも無事に野営地に到着している三峰隊。昨夜も遅くなってしまたったが目標地点まで無事に到着できると思っていました。私だけ?西表山行で藪漕ぎ&ビバークの初体験をするとは想像していませんでしたから(笑) それにしても三峰メンバーが8人も居るとビバークと言うより、当初通り目的の場所で幕を張っているかの様なビバーク感ゼロの不思議な空気でした!ビバークって仕方なく野営する暗いイメージでしたから。しかも宴会が始まると沢山のおつまみが!! 皆さん、軽量化と言いながらも「酒」と「おつまみ」は別リストなのですね!! 初ビバークが楽しかったので今後勘違いしてしまいそうで困っちゃいます。(笑)そして翌朝のピンクテープを発見したときは感動しました!4日目スタートが順調だったので気持ち的に楽でした。
〈和田〉
 記録ではうまくいけばここからウダラ川まで30分でいけるとあるが、前々日にトゲトゲのアダン地獄に4時間、前日も7時間近く迷っているので全く当てにならない。
 しかも、前日までの過酷なジャングルの藪こぎで宮本っちゃんのシャツはビリビリに破け(実際は前夜焚火に干していて燃えた)、陽子さんの過剰すぎると思えた大量の行動食も底をつき、うっちーは体感がおかしくなり暑いのに雨具を着込むなど、みんな、精神的にも肉体的にも限界を超えていた。しかしながら、全員、幻の石垣牛を食べずして東京に帰れないという一心で磁石の方向をセットしなおし、手分けして360度くまなくテープを探して先を急いだ。30分程で小さな川に出た。GPSで確認するとウダラ川の支流だった。やった!やっと出た!ここからは2年前も行っているので心配ない。予定どおりの飛行機で東京に帰れると安堵感が走るのと同時に、かすかに残された石垣牛BBQゲットのために海に向かって猛進した。大岩のゴーロ地帯を抜け、静かな流れの沢を下ると、植生が変わり泥まじりのマングローブ地帯になった。最後尾では最年長の土肥さんを軽部っちとKGがサポートしてくれていた。体調が心配だったが男性二名に囲まれて笑顔で謎の一本指ポーズをとっているのをみて安心した。
マングローブを進む 〈エデン〉
 いやぁ~私の長袖シャツが燃えたのはショックでしたよ。今回持参した唯一の長袖シャツであり、今まで数々の岩登りを共にしてきた相棒でしたから・・・。(涙) 彼とは石垣空港のゴミ箱前でお互い別々の人生を歩むことにしました。達者でな相棒!
 2、3日目の行動時間を考えると今日も長い行動になるか?しかも、当日の飛行機で東京に帰るのに・・・。色々考えている中でウダラ川支流に到着は嬉しかったです。私は先頭を突破する特殊能力が乏しいので、これから経験を積んで立派なエデンを目指しますぞ!立派なエデンって何って思った方!西表島に行けば分かりますよ。是非、行ってください。
ビリビリに裂けたTシャツ 〈和田〉
 泥の混じる川では、尺サイズの魚をたくさん見た。西表島では、海の魚はもちろん、ジャングルでも大ウナギ、川エビ、ヤシガニ、大アサリなど色々とおいしそうな生物がたくさんいるようなので、いつかゆっくり時間をかけて自給自足グルメの旅をやってみたい。と、きっと飯塚さんは思っているだろう。私ももちろん同行するつもりだ。前方があかるくなり海が見えてきた。歩きやすいマングローブの干上がった林を歩き対岸へ渡って9時頃ウダラ浜へでた。感動するまもなく、船をお願いしている宿の池田さんに電話をかけるが行けど行けど携帯の電波が入らない。絶望感に陥っていると宮本っちゃんが、湾の干潟の中央で電波をナイスキャッチ。ヒヤヒヤの連続である。池田さんにご心配をおかけしたお詫びをし、海の真ん中でピックアップしてもらい10時頃、舟浮の宿「ふねっちゃーぬ屋」へ到着。居心地のよい広い庭で冷えたビールを飲みながら、それぞれが汚れたモノをあらったり干したりシャワーに入ったりしてBBQの用意ができるのを待つ。広い庭は一瞬のうちに、汚い山道具で埋め尽くされ台風後の被害地のようだった。そして、テラスで念願の美味しい石垣牛BBQを堪能。肉もおばさんの作ったつけものもとても美味しかった。
石垣牛BBQで打ち上げ 〈エデン〉
 宿の池田さんには、本当に感謝です。朝、8時過ぎから我々を直ぐにピックアップできるように待っていてくれました。しかも、乗船後に昨夜から何も食べていないのではないかと心配もして頂いて・・・。本当に有難うございました。
〈和田〉
 過酷な4日間をやりきったみんなの顔は達成感と充実感でキラキラしていた。
 この日は土肥さん(通称りんご)の還暦のお誕生日だったため赤いハイビスカス、赤いTシャツ、赤い帽子、赤いりんご型サングラスでお祝いをすると、謎の一本指ポーズ炸裂。ジャングルのビバーク地で還暦を迎える熟女は日本中探してもなかなかいないだろう。一時はどうなることかとおもったが無事にお祝いできて本当によかったと思った。また、心配をおかけしながらも気持ちよく迎えて頂いた宿の池田さんには本当に感謝している。お天気もよくて島の人もやさしくて、気持ち良いゆるーい風が流れるこの場所にいつまでも居続けたかったが、また次の冒険で来ることを誓って東京へ帰るのだった。

〈コースタイム〉
【11月20日】 石垣港(13:00) → 大原港着(13:50) → 大原港発(14:10) → 鹿川(15:40)
【11月21日】 鹿川湾(6:30) → 落水滝(7:50) → 難所の岩場・海側ロープ渡り(9:20) → ウビラ石(13:00) → パイミ崎(16:30) → パイミ浜着(20:30)
【11月22日】 パイミ浜(10:10) → 崎山部落前(12:00) → ウボ川から分水嶺(14:40) → アヤンダ川(16:00) → アヤンダ川の滝口で行き止まり(21:50) → ビバーク地泊(22:20)
【11月23日】 偵察(6:50) → ビバーク地(7:20) → 前日のアヤンダ川到着地(7:30) → ウダラ川(8:00) → ウダラ浜(9:20) → 池田さん船ピックアップ(9:40) → 船浮着(10:30)

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