山行日 2016年9月3日~4日
メンバー (L)渡辺(靖)、峯川、藤岡、宮本、八須、(お試し)相田、浦崎
9月3日17時頃、灰色の雲が奥多摩の空一面を覆い尽くし、町はどんよりと薄暗かった。
遠くの方からゴロゴロゴロゴロと雷が唸る音が聞こえてくる。
この時の空模様と辺りの雰囲気をみれば、これから雨が降るだろうと誰もが予測できたであろう。
実際に天気予報では奥多摩は夕方18時~深夜12時まで降水確率80-90%と出ていた。
そんな中、二人のバスの運転手はこんな会話を繰り広げていた。
「雨が降りそうだし、こんな時間にもうバスに乗る人なんていやしねぇでしょ。終わり、今日の勤務はもう終わりだ!けぇろう!」
「そうだな、この時間はいつも人は乗らないし、・・・よし!帰るか!!」
そう言って二人のバスの運転手は終電でもないのにさっさと家に帰ってしまった。
そうしてバスの時刻表には急遽臨時休業とでっかく書かれた張り紙が貼りつけられた。
そんな無責任な運転手がいるものなら会ってみたい!
僕ら7人は無事に奥多摩駅17時発のバスに乗ることができた。
向かう先は30分ほど離れた東日原バス停。今回の登山は夜の山の中を眠らずに15時間ほど歩くことが目的だ。
東日原~鴨沢という長いルートを昼間ではなくあえて真っ暗闇の中を歩くことが。
「夕方に、しかもこれから雨が降るというのに、ザックを背負った彼らは一体これから何をしに行くのだろうか?」
バスに乗った僕らを見て運転手はきっとそう思ったことだろう。
バス停に着いて僕らは早速山の中へ入って行った。時は6時前。
木々で覆われている山の中はもうすっかりと暗い。
辺りは不気味なほど静まり返り、地面を歩く僕らの足音だけがザッザッザッと響いていた。
少しすると何処からかガスが出てきて、辺りが白いモヤで覆われた。ヘッドライトの乏しい灯りも数メートル先までしか届かない。しかし、一列に列を成す僕らからは笑い声や話し声が楽しげに聞こえていた。
2時間ほど経った頃、ポツリ・・・ポツリポツリ・・・ポツリポツリポツリと空から水が降ってきた。雨である。
予想通り雨が降ってきたのだ。雨は次第に強さを増してゆき、ザーザーと容赦なく僕らに降り注ぐようになった。
僕らの中から会話や笑い声がめっきり減ってしまった。でも僕らはひたすら歩いてゆく。何しろゴールはまだまだ先・・・あと10時間以上も歩かなくてはならなかったから。
雨はいっこうにやむ気配はなく、僕らの身体を叩きつけてくる。
そんな中、仲間の一人が口を開いた。
「はぁ・・・一体何しに来たんだろ」彼女と僕を除く他5人のなかで一体何人がこの言葉に共感したのだろうか?
誰もその言葉に返答はしなかった。
すぐにまた雨の滴る音が、ポツポツと周囲を埋め尽くした。
降りしきる雨と襲いくる眠気ですっかり気力を削ぎ落とされていた僕らは23時過ぎに避難小屋に避難した。
一息つくと何だか安心し、もう雨の降る中を歩く気にはとてもなれない。
「雨は降っているし眠い!もうやめよう!!」全員一致だった。 こうして東日原~鴨沢までの長く、とにかく長い夜中の登山は始まってすぐに終わってしまったのだった。
一晩僕らはぐっすりと眠り、翌朝、来た道を戻って山を降りて行った。
東日原のバス停に着いたのは10時前。バス停のベンチには二人の運転手がのんびりと座っていた。
僕らは彼らの前に全身濡れて、泥だらけの姿で現れた・・・。じろじろと僕らを見つめる運転手達。彼らは僕らを見てきっとこう思ったことだろう。
「全く・・・きったねぇやつらがやってきたな。ん?あいつらは確か、夕方に山に入った奴等じゃ?もう帰ってきたのか?
一体、山に何をしに行ってきたのだろうか??」
〈コースタイム〉
東日原(17:30) → 一杯水避難小屋(20:00) → 酉谷山避難小屋(22:45~6:30) → 一杯水避難小屋(8:30) → 東日原(10:00)
※Another Storyに続く
Another Story 「カモシカ山行」
(L)奥多摩ひきがえる+奴ら
奴らに囲まれたとき、俺は悟った。俺の命ももうここまでか・・・。と
奴ら恐ろしくでかかった。今まで見た生物の中でも、こんなにでかいものは見たことがない。
俺の体の何倍・・・いや何十倍もあった。見上げるとそれはまるで大木でも見上げているようであった。
長くて太い2本の足に支えられた体は細長く、腕が両脇にぶらりと垂れ下がっていた。顔は平たく、頭の上には草のような黒いものがもしゃもしゃと生えていた
化け物・・・まさしくあれは化け物だ!
奴らは小さな俺を取り囲んだ。
俺はもう悟ったよ。
何をしてももうダメだ、俺の命ももうここまでか・・・。と
それは9月4日の朝だった。
その日、俺達の住んでいる山には雨が降った。
雨は俺達にとってはなくてはならないものだ。
久しぶりの雨は、乾いた土を、乾いた空気を、乾いた俺達の皮膚を濡らしてくれた。
しとしとと降りしきる雨は心を躍らせ、俺は土から這い出ずにはいられなかった。腹に伝わる濡れた落ち葉のひんやりとした感触、体に滴る水滴の心地よさ、息を吸うと湿った空気のなんと美味いことか!
雨は俺達“カエル”にはなくてはならないものだ!
俺は森の中をビョンビョコとはしゃいで飛び跳ねて回った。
俺は突然、恐ろしい気配を感じた。
巨大な何かがこちらに近づいてくる。
しかも一匹ではない。
何匹もいる。
群れでやって来る。
ズシンズシンと腹から伝わる地響き、ザッザッザッザッと地面を踏みつける足音。
恐ろしい速さでこちらに近づいてくる。
鹿でもない、タヌキでもない、猿でもない・・・
ものの数秒で奴らは俺の視界に入って来た。奴らは一列に列を成して、こちらにやって来る。
恐ろしかった。あれはまさに化け物。
今まで見たことのない巨大な生き物。
俺は奴らのあまりの恐ろしさに耐えきれず、その場から逃げようと渾身の力で飛び跳ねた。しかしそれは間違いだった。
俺の体は茶色い。
その場でジッとしていれば奴らは土と同化した俺に気が付くことなく通り過ぎていったことだろう。
俺の渾身の飛躍は、歩く奴らの足を見事に止めてしまった。
奴らは物珍しそうにジロリとこちらに目を向けた。
そしてあろうことかこっちに歩み寄ってきやがったんだ。
俺は逃げた。今まで苦労して食った虫達のエネルギーを使い、あらん限りの力を振り絞ってビョンビョンビョンビョン飛んで飛んで飛んで・・・飛びまくった。
息が切れた。
小さな心臓が弾けんばかりに爆動した。
どれぐらい飛び跳ねたのか分からないが・・・俺の必死の逃亡も奴らの大きな一歩にはとても敵いやしなかった。
奴らの巨大な足が一瞬で俺のゆく手を壁のように阻んだ。
気が付くと左右、後ろ、どこを見ても巨大な足が俺を囲っていた。
奴らは俺をとり囲んだんだ。
奴らの全ての目が俺に向けられた。気味の悪い言葉を何やら発していた。
食っちまおう・・・丸飲みだ・・・焼いちまおう・・・踏みつぶしちまおう・・・早く捕らえるんだ!
何を言っていたのか分からないが俺に対して話し合っていることだけは明らかだった。もうここまでか・・・奴らに全てを奪われる。恐怖でもう体は動かなくなっていた。
奴らの一人が持っている棒の先を俺に伸ばしてきた。
あぁついに来た・・・あの野郎は・・・俺をあの尖った棒で突き刺すつもりか・・・だが奴は突き刺さなかった。
棒の先を俺の腹の下に潜り込ませ、俺の体をひっくり返したんだ。俺はデーンとひっくり返った。
もう奴らに対して抵抗しても無駄だ、いくら飛び跳ねようと奴らの包囲網からは抜けられないであろう。
奴らがもし心を持つ生き物であればきっと無抵抗の俺を逃がしてくれるはず・・・。
俺はひっくり返ったまま動かなかった。
それがそのとき俺が思いつく限りの唯一の生き延びる手段だった。
奴らはそんな俺を見て、ケラケラを笑った。
惨めで、哀れに見えたのだろう。
奴らは俺のひっくり返った姿を見て笑ったんだ。
俺はピクリとも動かなかった。
奴らの何人かがしゃがんだ。
細い棒でつんつんと無抵抗の俺を突いてきた。
黒い物体が、俺に向けて、カシャカシャと音を立てていた。
一体何をされているのか分からないがもう生きた心地がしなかった。
だがしばらくすると、奴らの一人が一言声を発した。
その声と共にとしゃがんでいたものは立ち上がり、全員俺に背を向けた。
そして四方を取り囲んでいた巨大な足の包囲網が解かれた。
奴らは俺の元から去って行った。ズシンズシンズシンズシンと地響きを立てながら、ザッザッザッザッとバカでかい足音を立てながら・・・。
その恐ろしい後姿はあっという間に森の中へ消えて行ってしまった。
俺はもう二度と奴らに出会いたくない。あんな恐ろしい体験はもうこりごりだ。
だが羨ましくもあった。
奴らのあの巨体であれば、まだ俺の知らない世界へ行けるのだろうから。
いつも見えるはるか先のあの山を越え、いくつもの川を越え、どこまでも歩いてゆけるのだろう。
俺のこの小さな体ではこの山から抜けることだけでも困難だ。
いつかこの山を抜けて、この小さな世界から抜け出して俺の知らぬ広い広い世界を見てみたいものだ・・・
突然現れた奴らは俺に恐怖と憧れを与えてくれた。
いつの日か聞いたことがある・・・
この世界には人間と言う巨大な生き物がいるということを。
奴らがそうだったのかもしれない・・・。