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沢登り・鬼怒川小湯沢~湯沢下降
千葉 朋子

山行日 2016年7月23日~24日
メンバー (CL)和田、(SL)鈴木(章)、飯塚、深谷、大田、別所、成田、網谷、千葉

 奥日光、川俣温泉の上流で鬼怒川の源流域に注いでいる沢、それが湯沢である。湯沢の奥には噴泉塔があり温泉が湧いている。
 今回の沢旅は、湧き出る源泉の周りに河原の石を並べて自分たちだけの天然のお風呂を即席で作って入ろう、そして美味しいお酒を飲もうという企画で、エンタテイメント性溢れるなんとも心躍る内容だ。湯沢の噴泉塔は隠れた観光地になっていて、そこまで登山道が付いているし沢自体も2級程度で沢本にも取り上げられている。が、今回の山行のポイントは単純に湯沢をピストン遡行するのではなく、初日は湯沢の西側を平行して流れている「小湯沢」を詰め、手白峠で尾根を湯沢側へ乗越し、そのまま斜面を湯沢まで降り、噴泉塔の近くで幕営し、翌日湯沢を下るというUの字を描く縦走ルートであることだ。
 湯沢と違い、小湯沢には記録が少なく遡行図がない。小湯沢を突き上げてから手白峠をトラバースして湯沢の噴泉塔に降り立つまでの間は現地での地図読み力とルートファインディングスキルが試される。「参加する皆の地図読み力とチームワークにかかっています。老若男女、力を合わせてがんばりましょう!」「基本的なことですが何が起こっても自己責任前提で」山行の2週間前に和田リーダーから届いたメッセージに沢登りがまだこれで4回目の私はワクワクよりも緊張と不安を覚えたが、何回か和田さんに相談し覚悟して参加することにした。
 さて、こんな山行に集まるメンバーはと言うと、泣く子も黙る(?!)前略“三峰荒くれファイブ(レディース!)”のアッコさん、ちあきさん、ヨーコさん、大田さん、和田さん。そして、三峰の80年の歴史を文字通り体現する70代現役で既に伝説(レジェンド)の二人の殿方、別所さんと成田さん。さらに、白毛門沢で一緒に奮闘した先輩であり私が勝手に同志と思っているアミさん。そこにヒヨっこの私の総勢9名、豪華大所帯である。

 7月22日(金)、夏の深夜、3台の車はそれぞれ東京を出発し、午前1時半に栃木県日光市「道の駅 湯西川」に集合。手短に乾杯して2時に就寝。
 3時間半の短い睡眠を取り、23(土)は5時半に起床、6時半に道の駅を出発した。途中、車窓から眺めたダムは渇水していて湖の底の木々を無残に露出させていた。7時半、奥鬼怒林道沿いの平家平温泉近くに車を停めて沢装備を整えた。大人数のため、和田リーダーの判断で2名1組の「お目付け役制度」が取られ、私は大先輩のアッコさんに付いていただくことになった。天気は曇り。風はない。
 8時20分頃、平家平温泉駐車場近くの道路脇から明るく開けた鬼怒川の畔に降り、白い石がゴロゴロするなだらかな河原を10分ほど上流に向かって歩いて行くと左手に細い流れが現れた。梅雨の緑に覆われた小湯沢の流れは透明に澄んでいて美しく、我々を静かに迎え入れてくれた。沢床は斜度の緩いナメで、ラバーソールでもあまり滑らず歩き易い。暫く行くと3mほどの滝が幾つか現れたが、一部の荒くれファイブとレジェンド達は直登。私はアッコさんの指導のもと巻いたり登ったり色々と試した。「そこはダメ。コケの禿げてるところを歩きなさい。」「青いコケは滑らない。」「振り返って落ちても大丈夫なことを確認してから挑戦しなさい。」「皆の後を付いて行かなくてもイイのよ。」後ろを歩くアッコさんからアドバイスがポンポン飛んで来る。岩や石に磨き抜かれた沢の清水のような言葉である。
 長年、水の流れに舐められてソフトクリームのようになめらかになった岩と滝と釜が幾つも現れたかと思うと、手を掛けただけでもボロッともげる嫌な感じのガレた壁もあった。高巻けない大きな滝が現れた。ロープを出し、ザックは別に釣り上げて置き、冷たい滝の水に打たれながら順番にアッセンダーを使って滝を登った。登った滝から沢床へ降りる時、ちあきさんが自分の肩に私の足を乗せてフォローしてくれた。
 支流を目印に、皆で地図と高度計とGPSで何度も現在地を確認し議論しながら進む。12時までに峠に着かなければ白手峠まで到達していなくても途中で尾根を乗越す。時間が迫っていた。
 沢の水が徐々に細くなって来たので行動水を汲む。まろやかで美味しい水だ。別所さんは岩に直に口を付けて美味しそうに飲み下す。私は山を始める前から何故かこういう効率的で野性的な行動に違和感を感じない性質なのだが、違和感なくこういう行動を取るひとには今まであまり出会ったことがなかったので新鮮な思いがした。
 沢の水が殆ど涸れ、行く先はガレたゴルジュの急斜面になった。足元にも壁にも亀裂が沢山入りボロボロで、さらにその上に泥が乗っていて足が取られる。ちょっとした一歩でバラバラと落石が起こり、「ラクッ」の声に壁の陰に隠れて身体を小さくする。この状況下で、和田さんがザックを置き、空身で果敢にリードする。しばらくして突破し、尾根に出た。和田さんに続く別所さん、成田さん、アミさんの3人は危うい足場に進退窮まっていて、和田さんのロープが降りるまでその場で待機し、順番に確保して同じ壁を登ることになった。ちあきさんは、アミさんのフォローで泥壁部隊に残った。
 一方、最後尾にいたアッコさんは機転を利かせて80mほど戻り、高巻きルートを開拓。後部にいて、まだ泥壁エリアに突入していなかった大田さん、ヨーコさん、私は、時間節約のためにアッコさんルートを使って尾根に上がる選択を取った。アッコさんのルートも取り付いてみると足元が泥の急斜面で、落石はないものの結構厳しい。頼る支点を見つけられずに右往左往している私に、ヨーコさんが「ササを使ったほうがいい」とササエリアへリードしてくれ、泥の急斜面をササの茎を頼りに藪漕ぎした。足を踏ん張りながら両手でササの根っこ辺りを捉えて身体をグイグイ引き上げて進んだ。片方のササの茎がピュッと抜けて身体が後ろにふわっと浮いて落ちそうになったり、両足ともズルッと滑ってササにしがみ付いて体勢を立て直したりして何回かヒヤッとした。「両手で掴んでいれば、どちらかがあるから」先々週の白毛門沢での荻原さんの言葉をふと思い出して両手を意識した。先輩達の何気ない一言はその時には実感しなくても、結構、頭の片隅に残っていて、ある時助けてくれる。上がり切った尾根は細くて木の根や枝の間をくぐって進む。
 尾根を進むと、泥壁部隊の全員が尾根に上がって、大田さんのフォローで和田さんが最後に自分のザックとともに登り返して来るところだった。これで皆が尾根に上がった。樹木の幹に確保して、しばし休憩。ここからがいよいよ今日の核心だ。
 まずは尾根伝いに高度を上げ手白峠を目指す。数少ない記録に因ると峠には赤い灰皿があるらしい。ピークに出合わなければ、そのまま尾根を南下して下降点を探らなければならない。時間をロスすれば今日中に湯沢に降りられない可能性もあり、藪のなかで温泉を夢に見ながらのビバークもあり得る。
 ちょうど位置的にトップにいたので、アッコさんと一緒に先頭を行った。斜面はどんどん急になって踏み跡のないササ尾根をぐんぐん上がる。たった標高1,800m程度なのに山奥は未知の世界だ。皆といるから不安はないが、道が無いことの苦労を実感する。
 行く手を塞ぐ樹木やツタに絡まりながら、それでも掻き分けてリードして上がって来たと思ったのに、和田さんにすぐに追いつかれ、追い越された。さすがリーダーだ。そのまま20分程度、急な斜面の藪漕ぎを続けると、ピークらしきところに出た。
 14時過ぎ、そこには、なんとちゃんと記録通りに筒上の赤い灰皿が転がっていた。和田さんから発見の声がする!皆が夢にまで見た灰皿だ。さらにその先には踏み跡のような道が続いている。地図にあった廃道だ。藪漕ぎとは打って変わって歩き易い山道のようだ。廃道の途中には二つ目の赤い灰皿があるらしく、その辺りから湯沢方向に下降すれば、その下には噴泉塔があるはずだ。皆が灰皿の周りに集まった。さっきまで夢かもしれなかった温泉がリアルに迫り、皆の顔が一気にほころぶ。三峰の皆はこういう時に前向きだ。
 しかしこの先、地図を読む限り、途中にはガレ場のトラバースが2ヵ所ある。予断は出来ない。
 出発して山道を鼻歌交じりに快速に進んでいると、「イターイ!」と後方から女子の悲鳴が聞こえた。距離を置いて察するに、小さい何者かがちあきさんと大田さんとアミさんを襲撃しているらしく、3人が凄い速度でこっちに向かって来る。「追いかけて来てるから速く進んで!」細い山道に団子になった一行は、突然の襲撃に急行列車で進み、細長く伸びてそのまま最初の30mのガレたトラバースに突入。地図で予想したほどの危険な様子はなくロープ無しで突破しようとしたのだが、一ヵ所だけ悪いところがあって急に速度が落ちると、すぐに見えない敵が追いついて来て後部はてんやわんや。丁度一番いやらしいところへ慎重に足を踏み出したちあきさんを敵がチクリ!ちあきさんは文字通り飛び上がって、その勢いでガレ場を突破。ちあきさん、大田さん、アミさんは、なんだかんだとお腹やら、太腿やらを刺され、刺された周りも腫れて痛そうだった。だが、こんなことで停滞するメンバーではない。追手が来ないうちにさっさとその場を去り、速度を上げて温泉に向かってまっしぐらに進んだ。
 この辺りは、全体的に土が脆いようで、小さな沢の流れにも土が流されて山道がちょこちょこ崩落している。二つ目の崩落個所が現れ、順番に飛び越えて渡ったが、最後に飛び越えた成田さんが木の根っこに手を掛けたつもりが掛かっていなかったらしく、バランスを崩してそのまま崩落の中に「ズリーーー」と滑落。皆が山道から見ている前で大きく前につんのめり、被っていたヘルメットの上にザックが乗っかってヘルメットのヒモが成田さんの首に食い込み、その姿勢のまま斜面の中腹で停止。
 幸い緩い斜面でその先もなだらかだったため、和田さんがそろりそろりと斜面の中に入り成田さんに近づき、ロシアの民話『おおきなかぶ』の要領で、成田さんを和田さんが引っ張って、和田さんをヨーコさんが引っ張って、ヨーコさんをアッコがさんが引っ張って、それでもかぶは抜けません。順番に成田さんの携行品をバトンして、ようやく成田さんを救出。荒くれファイブの対応は迅速だった。「いや~、助かったぁ!」成田さんは無事でいつもの笑顔。皆に緊張が走って、皆でどっと気が抜けて、何が起こるか分からない感じになってきた。
 その後さらに足元の決まらないトラバースが続いたので、今回は念のためにロープを張り一人ずつ渡っているとアッという間に赤い灰皿があった地点から1時間が経過した。15時頃、しばらく道なりに進むと間もなく2つ目の赤い灰皿があり、その辺りでトラバースを終え下降ポイントを探す。地形を読みながら最も下り易いルートを見出す。広々としてどこからでも降りられそうな場所で、その中でもなだらかになっている辺りを和田さんが見定め、一気に下降開始。気付くと温泉の匂いが立ち込めて来てほどなくすると湯沢の河原へ降り立った。沢の反対岸には湯煙りが立ち登っている。時刻は16時。ついに到着したのか。
 沢を渡ると、そこは天国のようだった。
 平らな幕場、焚火の跡、そしてホクホクと湧き出す温泉が!なんと地面までもがオンドルのように仄かに温かい。即、今夜の幕場が決まり、タープを2張、アッコさんは個人のツェルトを1張。焚火用の薪を集め、火を焚き、美味しい水を汲んで来て環境を整えたら、そこは「沢ヤの桃源郷(別所さん命名)」。数々の尾根と谷とを越えて来た先輩たちがこんなところはないと歓喜する。居合わせることが出来てなんてラッキーなんだろう。
 温泉は沢のすぐ脇でコンコンと湧いていて、硫黄が固まってそうめんのようにお湯の中を泳いでいる。和田さんと一緒に温泉をチェックし、早速ふかすのに持って来たサツマイモとタマゴを入れる。お湯は手を浸せないほど熱い。浴槽にするところを河原の石で囲むと、熱い温泉が溜まるので沢の冷たい水を桶で汲み入れつつ中で掻き混ぜ続ける必要があり何気に忙しい。3人入れば満員で順番に入った。その間に沢で冷やしたビールを飲み、晩御飯はミネストローネに、鮭のちらし寿司、麻婆茄子、そしてポテトサラダと超豪華。直火でソーセージやマシュマロも焼いた。
唄う別所さんと、聴き入るアッコさんと、焚火と  旅はいつも不確かさを内包していてそれが旅の醍醐味だからこそ、紆余曲折して辿り着いたのがこんなにも完璧に桃源郷だと、なんとも感動してしまう。別所さんが歌って、合唱になり、大満足で就寝し小湯沢の旅の1日目が静かに幕を閉じた。
 翌日は8時半に幕場を出発して、ハイライトの噴泉塔を目指したが、目印の3つ目の赤い灰皿を見つけるところまではスムーズだったのだが、湯沢の右岸を高巻きして噴泉塔への下降点を見出すまでに迷い、ルートを見つけるのに同じエリア内を藪漕ぎして周って時間を使った。一度迷うとなかなか地形と現在地がぴたっと合わず必死にルートファインディングするので体力を使う。自分は先輩の後に付いて右往左往するだけで力になれずなんとももどかしい。この迷いの時間が昨夜の幕場に下りる前だったらと思うと、昨日するりと桃源郷に降り立ったのは夢か奇跡だったなぁ、と思う。
 先輩達の集中したルートファインディングのお陰で下降点を無事見つけ、噴泉塔には10時半過ぎに到着した。昨日作った露天風呂の何十倍もある、明るくて広い釜にアッツアツの源泉が雨のように滴り、釜の底の水はやっぱり冷たいのだが、皆喜んで泳ぎ源泉を浴びてはしゃいだ。
 噴泉塔から広河原までは大小の天然露天風呂が点在し、好奇心の塊である我々のハートをいちいちくすぐり、素直に心行くまで殆ど全部のお湯に入って湯沢の温泉を堪能した。

噴泉塔直下の釜で、ハイ!おんせ~ん巨大な天然風呂でも、ハイ!おんせ~ん
天然露天風呂天然露天風呂
天然露天風呂天然露天風呂

 出発地点の平家平温泉旅館前には14時過ぎに到着した。散々お湯に浸かったが、下山後も平家平温泉「こまゆみの里」の日帰り入浴(税込500円)で一汗流して沢旅が無事終了した。

〈コースタイム〉
【7月23日】晴れ 平家平温泉駐車場(8:05) → 沢下降(8:19) → 入渓点(8:30) → 最初のナメ滝(8:50) → 1,240m付近のナメ滝(10:25) → 奥二俣(11:00) → 1,425m(11:35) → 手白峠(14:10) → 1つ目の赤い灰皿(14:25) → ザレ場通過(14:45) → 2つ目の赤い灰皿(15:00) → 1,550m辺りの平地(15:40) → 沢出合&幕場(16:05)
【7月24日】晴れ 幕場(8:30) → 3つ目の赤い灰皿(8:40) → 噴泉塔(10:40) → 川俣温泉へ4,700mの看板(10:55) → 広河原(12:00) → 最初の堰堤(12:40) → 平家温泉旅館前(14:10)

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