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沢登り・日原川倉沢谷塩地谷
千葉 朋子

山行日 2016年6月5日
メンバー (L)小幡、金子、千葉

 東西に走る奥多摩町と秩父市の国境、長沢背稜。塩地谷はこの縦走路上に位置する水場「一杯水」を源頭に流れ出る初級の沢で標高差は700m、遡行時間は日帰りで5時間。昭文社の2012年度版『山と高原地図』の著者西川敏明氏によると奥多摩は尾根歩きだけでなく多摩川流域の渓谷美でも知られていて、人里に近く山人の暮らしの匂いが漂う沢歩きが魅力という。
 先輩方の沢登りの土産話に魅せられ、この初夏、私は初めて沢登りに挑戦することにした。ハーネスを含め沢道具一式は池袋の秀山荘で揃えた。沢靴は最近は主流になりつつあるというラバーソールを選んだ。リーダーの小幡さんのアドバイスもあって事前に地元のボルダリングジムで体を動かしたり入門本や遡行記録のブログに目を通したが、現場は未知の領域。初めての経験に胸が躍る一方で自分の手に負えるのか不安を覚えながら当日を迎えた。
 朝5時過ぎ、外は小雨の様子。JR奥多摩駅に到着するとリーダーの小幡さんと金子さんの姿があった。早朝の雨もあって人数が減り、今回はこの3名での山行となった。小幡さんの経験では奥多摩の沢は小雨程度なら心配ないそう。ちなみに、この後、雨は止み最後まで降られなかった。駅から東日原行バスに乗り倉沢で下車。そこから遡行開始ポイントの魚留橋まで林道を30分ほど歩く。
 8時半、魚留橋に到着。橋の前には10mの魚止滝が落ちる。時間に余裕があったのでゆっくりと沢装備を付ける。私は家から沢靴とネオプレーンスパッツでやって来て金子さんに驚いて笑われた。
のんびり沢装備をセット  9時、小幡さんのリードで魚留橋を出発。他に入渓者の姿はない。林道のカーブを進んで魚止滝の上に回り込み、ここから沢へ下降。きゃー、ついに初めての沢旅が始まってしまったー!心のなかでひとり叫ぶ。踏み跡はあるが草付きの崩れやすい斜面で慎重に降りる。
沢床は広くて明るい  下降すると水が作る道が緑に覆われて続いている。冷たい沢の水がじんわりと新品のブーツに染み込んだ。透き通った沢はさらさらと流れる。深さはくるぶしくらいだ。流れる水の中は暗かったり反射したりして見通せるようで見えず、足をドボンドボン下しながら進む。足を置いた石が動き体がよろけて思うように進めない。怖くはないが、なかなか慣れない。
小さい滝を越えて進む  9時半、滝を2つ越えると最初のハイライト、高さ8mの地蔵滝が現れたが直登出来るものではない。小幡さんがヘルメットを脱いで内側に挟み込んでいる遡行図を取り出す。右岸の斜面を高巻きし沢と平行する登山道に一度突き出すルートの記載があり、登る。この斜面が落ち葉と土とで結構滑る。捕まる草や樹木があまりなく足も決まらず止まるとズリズリ落ちそうになるので、一蹴り一蹴り地面にねじ込んで土に両手の指を直接食い込ませて一気に這い登った。ふくらはぎがキューッとなる。登山道から見下ろすと地蔵滝はおろか沢床が下の方に霞む(ように私には見えた)。この泥臭さは縦走では味わわない感覚だ。大分標高を上げて高巻いたので今度は川床を目指して8mmの30mロープで懸垂下降する。地蔵滝は直登できない・・ツタ・草・立ち木・倒木・岩がミックスして下降ポイントがよく見えない急な斜面の淵で皆セルフビレイをセットした。小幡さんが適当な幹を選んで支点を作り、ロープを伝ってまず降りる。下の方から降りた合図の笛の音がして、続いて私が降りる。最後に金子さんが降りた。レスキュー訓練で何回も練習したけれども実地では緊張で手に汗をかいた。遡行図には2ピッチとあったが1回で済み、そこから斜面を降りて10時過ぎにようやく大滝の上流に戻った。
地蔵滝を越えて懸垂下降する  降り立った沢床には小滝が連続。「ゴルジュ」「へつり」「巻く」と聞いて知っていただけのものが現物となってどんどん登場する。遡行図に「CS」とあって、少しすると巨大な丸い岩が挟まったチョックストーン滝が現れた。これは沢を少し戻って右岸の脆そうな岩面を高巻く。11時、沢の流れを登山道がまたぐ草むらになっている「小屋跡」に到着し、休憩。この辺りから蚊が飛ぶのが気になって虫除けをつける。沢には必須だ。
 再出発し、11時半、小ガッコー沢と合流。ところで山では「こんな名前でほんとにイイノ?」という地名が色々ある。地元の歴史を感じるが、しかし何故にショウガッコー?これも西川氏が言わんとするところの山人の暮らしの匂いなのかもしれない。
金子さんがセカンドで登る  12時、7m滝が突破できなくて右岸からトラバース気味に高巻きする。ここで今回2回目のロープ登場。小幡さんがリードし、上部に支点を作る。次に金子さんが登り、最後に私が登る。私の体が数十cm上がると小幡さんがロープをスルスルと引き上げてくれる。登り切るとロープの先に二人の姿が見えほっとした。ロープってなんて心強いんだろう。数々の山岳小説のタイトルになる“ザイル”を身近に感じちょっとクライマー気分に浸った。
 6mチョックストーン滝では、滝の左のリッジを登った。ボルダリングに行くように言われた理由を実感する短いけれどクライミング要素のある岩場だ。13時頃、再び休憩を取る。
 14時、沢も細くなり水が涸れてきた。最後は急斜面のツメとなる。ヤブこぎはなく夏道のようでスピードが上がり、苦しいなぁ、と感じ始めた頃に「一杯水」に到達した。ひとり写真を撮ってはしゃぐそばで大先輩の二人は落ち着き払っていて、これぞ貫禄。
 下山は東日原バス亭まで一杯水からヨコスズ尾根をひたすら降りて1時間40分。途中、避難小屋を通った。16時、東日原バス停に到着し、16時17分のバスで奥多摩駅へ戻った。沢登りと言いながら、水のなかを歩くだけでなく土にまみれたり岩登りをしたり、色々な山の要素が詰まっていて遡行中は夢を見ているようだった。初めて沢に足を踏み入れてみたらすごく記憶に残る一本となった。大先輩のお二人、ありがとうございました! 帰る頃には明るく晴れて初夏の青空と雲がきれいだった。

6mCS滝横のリッジを登る一杯水に到着
麓に戻る頃にはいいお天気になった帰路ではお決まりのビール!

〈コースタイム〉
奥多摩駅(7:27) → 倉沢バス停(7:50) → 倉沢林道経由 → 魚留橋(8:30) → 地蔵滝(9:30) → 地蔵滝上(10:00) → 小屋跡(11:00) → 小ガッコー沢分岐(11:30) → 7m滝(12:00) → 一杯水(14:30) → 東日原バス停(16:00) → 奥多摩駅(16:45)


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