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縦走・剱岳北方稜線
内田 優生
青木 綾子
古屋 純
千葉 快晴
早川 錠

山行日 2018年4月28日~5月2日
メンバー (L)内田、青木、古屋、千葉(快)、早川

【プロローグ】(内田)
 今年の正月は三峰に入会して以来初めて山に入らない正月だった。それもあってかゴールデンウィークには絶対に山に入りたいとずっと考えていた。そして割と早い段階で場所は北方稜線をイメージしていた。過去2年ゴールデンウィークで劔に入ろうとしたものの、様々な事情で実現しなかったことと、昨年の無雪期に八ツ峰を歩いた事で、漠然と次は北方稜線だろうと勝手に考えていた。ところが3月に入り仕事が激務を極め、行けるかどうか雲行きが怪しくなり、あまり積極的に声がけが出来なくなった。4月も中旬に入りなんとか休みの目途が立ち、改めて当初声がけしていたメンバーに聞いてみると幸いなことに全員休みが取れる事が判明した。僧ヶ岳から入るか毛勝から入るかは最後まで悩んだが、今年の残雪量が少なく、何より自分自身に若干準備不足の感があった為、直前で毛勝からのミドルコースに変更した。今回のメンバーには精神的な要となるベテランメンバーはいないものの、四季を通して山行を共にしている、古屋さんと青木さんが参加となりまさに鬼に金棒という心強さ。もう2名は千葉快晴さんに早川さんというこれからの三峰を背負う若手メンバーが参加となり、結果的に非常にバランスの取れたメンバー構成となった。

【4月28日】(記録:青木)
 GWに北方稜線へ行くというお誘いに、行きたい!と深く考えずに乗ってしまったが日が近づくにつれ不安になってきた。過去の記録を読んだり経験者の話を聞くところによると、ラッセルや藪に阻まれ敗退した年もあったり、懸垂箇所だらけで捨て縄として20mロープをその場で切りながら使ったりもしたそうだ。なかなか厳しそうである。前週に行った白馬岳から眺めた僧ヶ岳からのびる尾根は黒々としていた。雪は少なそうだし、もしかすると水を担ぐ必要もありそう。しかもGW後半は悪天予報...というわけで僧ヶ岳からのロングコースはやめ、一番現実的かつ充実しそうな毛勝三山からのコースを行くことになった。
 4/28(土)午前9時。新幹線組4名が黒部宇奈月温泉駅に到着すると、先に深夜バスで到着していた古屋さんに改札口でいきなり写真を撮られた。パパラッチか。予約していたジャンボタクシーでここから片貝水力発電所のある林道へ向かう。乗車時間は約1時間。片貝山荘の2.8km手前の第四発電所で車両通行止めとなり、ここから歩きである。天候は暑いくらいの陽気でまるで夏山に来たみたいだ。林道の両脇には、コゴミやフキノトウがたくさん生えている。ふと横を見ると、『キラーン!』ウッチーの目が光った。まだ歩き始めたばかりだというのに道脇にしゃがみこんで「やばい、とまらない~」と山菜取りを始めた。本当に山菜が好きなのだなあ。あっという間に山菜は小さなビニール袋いっぱいに。天ぷら粉や油は持ってこなかったので、どうやって調理するか悩むところだ。林道を1時間ほど歩き、片貝山荘前で休憩していると山慣れした感じの男性を先頭に数名のパーティがやってきた。先頭はガイドの志水哲也さんで、お客さんを連れて沢筋から登り毛勝三山をガイドするそうだ。我々はお先に西北尾根へと向かう。しばらく林道を歩くと、石にマジックで「西北尾根」と書かれた取付きに到着。西北尾根はそれなりに人が入っているようで、道は明瞭で思ったより歩きやすかったが結構な急登だった。汗をかきかき、黙々と登る。
西北尾根の取付き  何回かの休憩をはさみ、1,400m付近の樹林帯。この先の長い行程を考えると少しでも先に進みたい気持ちもあるが、どのくらい進めば幕営適地があるのか自信が持てない。日も長いしあと2時間くらいは歩けそうだが...。皆で検討した結果、初日に重い荷物を持って疲れたし、明日早く出発することにして今日はここで泊まることにする。今回テントは2張。4-5テンに男性3人、2-3テンに女性2人が入る。まだ時間も早いし天気もいいので、残雪期のお楽しみの1つ、雪でのテーブル作りをはじめた。早川くんは雪テーブル初体験だそうだ。ポカポカ陽気の中での宴会は気持ちがいい。日が傾き肌寒くなってくると、枯木を集めて小さな焚火をした。「あったけぇ~お風呂だ~」と千葉くん。まさにお風呂のようなぬくもりで気分がほっこり癒された。
 あたりが薄暗くなる頃に4-5テンに全員もぐりこみ夕食タイム。調理を仕事にしている千葉くんが食当なら安心。しかし、道すがら採取した山菜がもったいないのでカレーに入れようとポイポイ鍋に投げ込んだのが間違いだった。千葉くんは何も言わなかったが内心「俺のカレーが...」と思っていたに違いない。フキノトウはカレーに入れないほうがいい、という貴重な教訓を得たのだった。食後はそれぞれのテントに戻って就寝。明日からの長い道のりに、不安と期待が入り混じる。

幕場の定番・スノーテーブル

【4月29日】(記録:古屋)
 2時半起床、5時出発。今日は毛勝三山を越えてブナクラ乗越まで行きたい。しばらくは雪のない夏道と雪の上を交互に歩く。3時間程登ると夏道も雪に覆われ、左正面に後立山連峰が見えるようになると、やっとGWの北アルプスに来た気がしてテンションもあがってくる。ザックの重さの為か景色に見とれた為か、毛勝山まで5時間半近く掛かってしまった。

毛勝山への最後の登り釜谷へ向かう前方に劔岳を望む

ブナグラ乗越への下り  北方稜線に上がると、後方には僧ヶ岳へと続く山並み、そして前方には剱岳へ続く稜線や、早月尾根が一望でき、多少のアップダウンはあるものの快適な尾根歩きとなる。猫又山のすぐ先は剱岳を正面に見る絶好のテン場となっていて、既にテントが幾つか張ってあった。沢から上がってきたのだろうか、先行者が今日の行動を終えて気持ちよさそうに外でくつろいでいるのをうらめしそうに横目で通り過ぎ、ブナクラ乗越への下降に入る。
 過去の記録ではこの下降で懸垂をしているようなので注意しながら進む。だだっ広い雪の斜面を適当に降りていくと、やがて尾根がはっきりとしてくる。傾斜が急になった辺りで藪に埋もれた獣道のような夏道を辿り、その後2カ所程雪壁をクライムダウンしたが、ブナクラ乗越手前のルンゼ状も雪はほとんど残っていなかったので結局ロープは使わずに済んだ。ブナクラ乗越には既にテントが張ってあり、人懐っこいおじさんが出迎えてくれた。単独でブナクラ谷を上がってきたらしくお気に入りみたいだが、やはり雪が少なく苦労したようだ。景色も良くテントの中に入るのももったいないので、今日も外でワイワイと宴会。7時頃にはさすがに寒くなりテントに入った。明日からの行程にワクワクしつつ、うとうと眠りに就いた。

【4月30日】(記録:千葉(快))
 縦走3日目、朝2時半起き。今日も天気は快晴!テントの撤収をし終え、身支度を終えると時刻は既に5:30前。当初昨日の幕場は猫又山予定であったから、少し行程を稼いでいる事になる。今の所難関もなくゆとりをもった行動なので、正直多少の遅れが出ても小窓まで辿り着けてしまうのではないか?この時はそんな甘い幻想を頭に走らせながら幕場を出発。まずここから赤谷山までを目指し、2~3日以内の先行トレースを使わせてもらう。ひたすらの登りであるが、まだ時間も早く雪面も締まっているので階段状のトレースも崩す事なく結構楽をさせて頂いたと思う。赤谷山は視界が開け、剱岳が真正面にドーンと綺麗に見える。贅沢な景色を前に終始記念撮影。
赤谷山にて劔岳をバックに記念撮影  本来標識はあるらしいが遥か雪の下で先行者の幕場跡だけが残っていた。ここから先は難所だと聞いていた、白萩山~赤ハゲ~白ハゲと「白赤白」の山々の稜線がうねって見えている。本当にあんな稜線を行けるのだろうか?不安8割期待2割の思いを馳せながら、先頭を歩く内田リーダーとあまり距離を開けないで頑張って付いて行こうと内心気合を入れ出発。
赤ハゲから白ハゲの間  何とか頑張って付いていくが、赤ハゲを越えると尾根は細くなり、途中雪のないザレザレな岩稜帯の通過が待ち受けていた。今年の雪解けは早く、道中雪の上に乗ったり這松にぶら下がったり、アイゼンを履いたままザレザレな岩稜帯を歩いたり、残雪期独特の次々と足場が変化していく。岩登りでも沢登りでもない雪稜でもない新しいジャンルの登山に来たような気持ちであった。とにかくアイゼンがあるので足がカクカクし歩行が上手くいかない。ザックは燃料もあり重量も重く千鳥足気味になり自由のきかない自分の足にもどかしい気持ちで一杯であった。しかし亀裂の入った雪面場所の通過や、這松にぶら下がったりのこのルーファイがまた楽しい。白ハゲまでは何とか岩雪と這松ジャングルの痩せ尾根ミックスを通過し辿り着けた。しかし白ハゲから大窓への下りでは本山行No.1の悪場が待ち受けていた。白ハゲからの下りはうっすら付いた這松の切れ目の夏道を辿れば、尾根上よりもやや西側(東仙人谷)の方に続いているように見えた。しかし我々は融雪の進んだ這松上に夏道を見いだせず素直に尾根上の藪を行き、大窓の手前の沢型の草付きを下っていった。先行者のトレースもいつの間に何処へやら。本山行出発前、「早川君の面倒を頼む!」なんて言われていたが、自分の体感ではあるが、この草付きの急ガレ斜面をロープなしでアイゼンとピッケルを刺しクライムダウンしていく先輩方に付いていくだけで精一杯。今年は雪も少なく夏道が出ているとは言え、ここでこそロープを出して欲しかった。なんて思いながら先輩方に付いていく。が、しかし!最後尾の早川君が遅れていたので、その場に留まり誘導するように内田リーダーから指示がきた。こういうルートでは同じ足場を使って間隔をあまりあけないで先頭に付いて行くのが個人的には安心感もあり定石なのだが...その戦法が使えなくなった。もう自分には余裕がない!下を見下ろせば、最後尾の早川君が追い付いた頃には先輩三人は安全地帯のテラス上で行動食を食べ笑っている。恥ずかしながら「そうか、これは自分の力量不足なんだ!」そう悟った瞬間であった。ここからが個人的に命がけの、草付きをピッケルとアイゼンだけで下るクライムダウン。「ここでこそロープだろう!」過去の記事を見ればここでロープを出すパーティは多いが、この時は自分で生還するしかない!そう思い余裕はないのであった。大窓に降りればシンボルのお地蔵様と残置ピッケルがお出迎え、そして一気に魂抜け大休止。今年の融雪は早く、藪に苦しめられ既に時間はかなり押してしまっている。大窓~大窓の頭(おおまどのずこ:2,500m)まで下2/3までは岩場・残雪・藪と三拍子揃ったミックスルート。上部1/3は這松の隙間の夏道を見いだせ、アイゼン歩行ながら楽をさせて頂いた。本来は小窓までいく予定であったが既に12時間行動。本日の幕場は何とか雪の残る「大窓の頭東面」までとなった。間違いなく今までの登山人生で一番精神疲労し、1番レベルアップ出来た山行であった。そして自分の力量が分かりました。おおげさに言っているのではないが逆に度胸が付きました。と、ここまで一回もロープを出さなかった先輩方にはいい意味で感謝しています。余談だがこの地方の地名。窓=切れ込みが深い鞍部。谷=タン・ダン。頭=ずこ。と呼ぶらしい。池ノ谷乗越(いけのたんのっこし)、小窓の頭(こまどのずこ)など。魅力あるルートで、次来るときは違う季節にリーダーで是非挑みたい!

大窓からの急登の藪コギ大窓の頭で幕を張る。奥に鹿島槍ヶ岳と五竜岳

【5月1日】(記録:内田)
 昨日は小窓まで行く予定が池ノ平山にすら辿りつけなかった。本来であれば今日劔を登頂する予定だったが、今までのペースを考えるとあまり現実的ではないと感じていた。しかし明日の午後からは雨予報となっており、あまりのんびりも出来ず、昼までにはなんとか神経を使う稜線は抜けていたい。メンバーには劔まで行けたら行こうとは伝えたが、自分の中では今日の目標を当初の平蔵谷のコルから、池ノ谷乗越に切り替えて出発した。この頃には2時半起きの5時出発にもすっかり慣れてきていた。しかし今までのように一晩休んでも疲れは思うように取れない。あ~もう歳かなぁ。重い足を上げて出発するとすぐに幕場となりうるスペースを発見。池ノ平まで行けない場合には大窓から最初のピーク(大窓の頭)を越えて5分から10分の稜線左側にビバークが可能だという事を確認した。もちろん雪の安定具合を十分確かめた上でのことだが。
 その後も雪の上のトラバースと夏道の藪が交錯するトレースを辿りつつ、池ノ平山手前で若干厭らしいトラバース箇所に出た。ここは稜線左側に明瞭なトレースがあり、下から見ると立って見えるが実際はそれ程でもない。高度感は抜群にあり、トラバースを終えた後その先のルンゼに入って上がるのか岩場を直登するのかが若干不明瞭である。実際取り付いてみるとトラバースを終えた箇所になんと親切にもフィックスロープが3本も張ってある。これを使い真上の岩場を乗越す。助かった~。その後は特に核心もなく池ノ平山に到着。池ノ平小屋の稜線を人が歩いているのが見える。ようやく一般道レベルに(決して一般道ではないが)人が通る場所まで来られたと思い少しホッとした。
 ここで長めの1本を取り、改めて進路を南西に取り小窓を目指す。すると前方に女性1名男性2名の3人組が懸垂を終えたところであった。なんとかクライムダウンで降りられそうだったので、我々は懸垂ではなくクライムダウンをする。今回の山行では懸垂かクライムダウンか迷うところを割とクライムダウンで降りる事が多く、新人2名には要所で非常に怖い思いをさせたらしい。リーダーとしてこのあたりの判断力をもう少し磨かないといけないと感じた。降り立ったところは幕場となりそうな場所だった。金子さんパーティが幕を張ったのはここかもしれないと思った。
やっとたどり着いた池ノ平山のなだらかな山頂  その後小窓の手前で前にいるパーティが懸垂をしていたので、我々も違う木を使い懸垂で1本降りる。2本目の懸垂の準備をしていたところで私がATCを落とす痛恨のミス。まぁムンターで降りるからいいかと甘く考えていたら、ロープが蛇のように絡み途中何度も仮固定をしてロープをほぐさないと降りられず大きなタイムロスとなった。この先私が懸垂で1番目に降りる事はなかった。そしてこの2本目の懸垂であと数メートルというところでロープが終わってしまったので、足場のあるところまで登り返し、雪壁のルートを15m程クライムダウンして小窓に降りたった。足を踏み外すと稜線の右から食い込んでいる西仙人谷という谷へまっしぐらだ。またまた微妙なクライムダウンを後続に強いることになってしまい、バリエーションルートの難しさを実感した。
小窓に降り立つ最後の雪壁をクライムダウン  小窓で大休止を取り目の前に見えている小窓の王がある稜線を目指す。ここも下から見ると立っては見えるがトレースはばっちりだったので、休憩せずに1本で稜線まで上がることが出来た。稜線上は容赦なく日が照り付け逃げ場もない。皆せっせと雪をペットボトルに詰め喉を潤す。この時点で既に12時となっており、池ノ谷乗越まで行けるのかさえ怪しいと思い始めた。1日目から感じていたが、我々は休憩が長すぎるのだ。でもそれは休憩が長々と出来る天候に恵まれているという事でもあるし、無駄に急かして十分な休息も取れず事故につながる事も避けたい...そして何より集中力が最も求められるエリアなので焦りは禁物だ。ということで毎回30分もの休憩を繰り返す。よく食べよく喋りよく笑いそして飽きた頃出発となる。そりゃ日も暮れるはずだ。天候に恵まれた今回、この休憩の時間が何よりの至福の時だった。
 その後小窓の王基部を右から巻き懸垂を1回したところでまた前のパーティに追いつく。前のパーティがトラバースでロープを出していたので同様にロープを出してみた。今まで散々ここより危険な箇所をロープなしで通過させられてきた新人2人は「今かよ...」と感じたらしい(笑)いやー経験不足のリーダーで申し訳ない。
三ノ窓直前のトラバース  トラバースを終え10m程上がるとそこは広々とした三ノ窓だった。時間は2時15分。前の3人組は池ノ谷ガリーに取り付いている。後に続くかここに幕を張るか微妙な時間帯であったが、ここに幕を張っても明日降りることは出来そうだと判断して、三ノ窓を今宵の宿とする。こんなに晴天の時は歩くより宴会に限る。今日は池ノ谷乗越まで行くと思っていたメンバーには肩透かしだったようだが、すぐに気持ちを切り替え設営にかかる。既に先人が残したブロック付の幕場があったのでありがたく使わせてもらう。あまりにも暑いので、雪上をサンダルで過ごし(ないものはハダシ)、濡れたものを岩場に広げて乾かし皆思い思いに過ごす。チンネを眺めながら水を作り宴会をした。最後の晩となるので、皆ありったけのつまみを出し、明日の池ノ谷ガリーに備え少しでも軽量化を図った。

三ノ窓は絶好の幕場

【5月2日】(記録:早川)
 起床は2:30、出発は4:55で幕場の三ノ窓より池ノ谷ガリーに取り付く。行動を始めて約3分後の急勾配になる手前のトラバースで、快晴さんが雪に足を深く踏み込んではまり、古屋さんにザックを持ち上げてもらって助けてもらっていた。昨日の天候が良かったのと先行者の踏み跡のためか、アイゼン歩行での雪の感触は朝一でも表面が少し柔らかく、踏み込むとしっかりと締まっていた。斜面の角度は約60度前後といったところか、チンネの大きさと斜面の角度は圧巻のマッチングで、振り返ると谷底に吸い込まれそうな気分になる。百戦錬磨の青木さんもカメラを取り出せないくらい怖いと言っていた。
 池ノ谷乗越を通過すると山頂方向が見えてきて、景色が大きく広がり、麓の上市町は午後から雨予報ながらもまだ日が差していた。見える景色は歩んできた北方稜線、岩登りの名所の八ツ峰、歩いてみたいと思った長次郎谷、遠くには槍ヶ岳など普段見ることができない景色だった。今年は雪が少ない影響か稜線上のハイマツが部分的に姿を現し、雪は部分的に崩れていて、色は茶色で真っ白とまではいかなかった。稜線上にいた雷鳥はパーティの前を約5m程度の間合いでしばらく歩き、人に慣れているのだろうか、遠くへ逃げることはなく、山頂まで案内するかのような光景も見られた。
池の谷ガリーを登る新人の早川くん  長次郎のコルの手前で支点があったので懸垂下降するかの議論を内田さんと古屋さんがしていたが、踏み跡を見つけたためルートを変えると、約60度程度の下り斜面上にちょっとしたクレバスがあった。先頭の古屋さんはなんの問題もなく通過していたが、私は深さ10mあるということを伝えられてビビり、後続の青木さんと内田さんに先を譲ってしまった。先輩方の動きは慣れたもので、手本を一見したおかげで、私も無事通過することができた。クレバスを振り返ると深さ2m、幅1m程度だったが、急斜面で荷物が重いと動くのに苦労すると改めて感じた。そこへ大キジを放つために姿を消していた快晴さんが、爽やかな顔をして現れたので、「10mのクレバスがあるので気をつけてください」と伝えると予想以上に驚き、クレバスの手前で「どうすればいいんですか」となんども復唱しながら立ち往生し、先頭の古屋さんが後方に戻って手助けしていた。手本がなかったら、私もそうなっていたと思う。
もう少しで劔山頂。眼下は長次郎谷  長治郎のコルは幕を張ることが可能な場所で、小休止した。私が「剱岳に登るのは初経験」と話すと、快晴さんは「俺だったら、初ルートは北方稜線だとみんなに自分から話して自慢しまくる」と持ち味の冗談でメンバーを和ませた。青木さんには「自分から言わないほうがいいよ」とアドバイスをいただく。内田さんには「せっかくだから先頭で登ったら」とお言葉をいただく。今回の北方稜線、雪山の斜面やトラバース、アイゼンでの藪漕ぎに苦労して、私は一番後ろを歩いていることがほとんどだった。旅の所々で思っていたことで、内田さんが時間をかけて計画した旅の最後を先頭で行かせてくれることも、懐の大きさと優しさにも改めて感謝を感じてしんみりとしながら先頭に立たせてもらった。剱岳山頂の手前には幕を張ることが可能な場所が一ヶ所あった。
 剱岳山頂に7:50到着。旅の最終目標地点でメンバー全員が笑顔になり、リーダーの内田さんが全員と握手を交わした後、三峰山岳会の旗を掲げて、集合写真を撮る。天が我らのパーティに味方しているかのように、今日一番の快晴、長い旅で感慨深い思いに包まれながら、全員が山頂からの景色を眺めていた。
劔岳頂上で登頂の喜びを分かちあう  早月尾根は一般登山道なのでスイスイいくかと思いきや、切り立った尾根や雪の急斜面、落ちたら止まらなさそうなトラバース箇所もあり、標高2,614m地点までに懸垂下降を2か所で行った。小雨の気配も降ったか降らないか程度ですぐに止む。早月小屋で小休止の後、この先はなだらかな長い尾根を下っていった。この日は他の登山者とは一人もすれ違わなかった。北方稜線の谷で雪崩が起きているのが見え、先輩方は、先日の晴天、本日の雨、明日の雪予報で表層雪崩の発生が高まると分析していた。標高1,400m地点でアイゼンを取り外したが、早月小屋からはかかとで踏み込んでいけば下れる雪道だったので、先輩方は早月小屋より下でアイゼンを外しても良かったと分析していた。標高800m地点ぐらいか、平らで広い樹林帯(松尾平)はホワイトアウトしていたら方向を間違えそうと感じたところがいくつかあった。夏道の脇には、花のカタクリやイワウチワが咲いていて、食用にできるユキザサも生えていた。馬場島登山口に15:40到着後、天が我らのパーティに味方するのをやめたかのように、すぐに強い雨が降ってきた。石碑の「試練と憧れ」と「剱岳の諭」に良い言葉が刻まれていることを見て、馬場島山荘へ。タクシーが到着するまでにビールを一杯。タクシーで上市駅まで行き、電車で富山駅へ。健康ランドのスパ・アルプスで、一泊2,700円で宿泊して、施設内の居酒屋にて宴会。旅の疲れで就寝は早く、翌日の起床は久しぶりに遅かった。昼食を富山駅の寿司屋「すし玉」で済ませて、新幹線で東京への帰路についた。

〈コースタイム〉
【4月28日】 黒部宇奈月温泉駅(9:10) → 片貝ダム第4発電所(9:45~10:12) → 片貝山荘(11:15~11:45) → 幕場到着1,391m(14:45)
【4月29日】 幕場(5:30) → 毛勝山頂上(10:53~11:22) → 釜谷山(12:30~12:50) → 猫又山(13:53~14:25) → ブナグラ乗越・幕(16:20)
【4月30日】 ブナグラ乗越(5:05) → 赤谷山(7:58~8:30) → 赤ハゲ(9:57) → 大窓(14:00~14:30) → 大窓の頭2,501m(16:15)
【5月1日】 大窓の頭(5:00) → 池ノ平山北峰(5:45) → 池ノ平山南峰(6:41~7:10) → 小窓(10:15~10:50) → 小窓の王基部(13:10) → 三ノ窓・幕(14:15)
【5月2日】 三ノ窓(4:56) → 池ノ谷乗越(6:03) → 劔岳頂上(7:47) → 早月小屋(11:25~11:52) → 馬場島(15:36)

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