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沢登り・利根川本谷
荻原 健一

山行日 2018年9月14日~17日
メンバー (L)荻原、永岡、古屋、内田

〈プロローグ〉
 「岳人100ルート」は東京新聞時代の集大成の企画として2014年5月号から8月号にかけて発表された。どのルートも非常に魅力的だが、深田100名山等と違ってその大半は行こうと思ってすぐに行けるようなルートではなく、入念な準備と山屋として岳人として相応の実力がなければ足を踏み入れることすら許されない。そういう意味で最近の私のバイブルになっている。勿論このルートもその一つに選定されており「奥利根本谷」として掲載・紹介されている。
 この谷の敷居を高くしているのはなんといっても奥利根名物のスノーブリッジであろう。そしてその険谷な地形故にいつ崩壊するかもしれない状況で下を通過するしか選択肢がとれないケースが大半であることが心理的なプレッシャーを更に大きくしている。今回はこのリスクを最小限に抑えるべく時期を9月中旬以降とし、更に融雪が早かった今年ならという思いで企画した。山行日は3連休に絡むとあって、半年前から渡し船を予約済み。メンバーも今の三峰ではエース級が揃っている。あとは天気だが台風が来ない限りは決行するつもりだった。

【9月14日 曇り時々晴れ】
 前夜に東所沢駅に集合する。天気予報は今夜から4日間ずっと雨で予備日・最終日の5日目だけ晴れの予報。こんな予報でホントに行くの?とメンバーの顔に書いてあったが、台風が来なければ行くと決めてあったので何の迷いもなくそのまま出発する。雨の降る中、湯檜曽駅で仮眠。
 翌朝6時前に「民宿やぐら」に来るよう言われていたので間に合うように準備して出発。時間通りに到着したが、声を掛けてもなかなか宿のご主人が出てこない。ようやく出てきたと思ったら今起きたところとのこと。どうやら時間を勘違いしていたようだ。民宿に我々の車を残置して宿の車で矢木沢ダムへ向かう。この頃から雨は止み、モチベーションは上がり気味となる。ダムで船に乗り換え20分ほどで割沢出合先の左岸に降ろしてもらう。
民宿やぐらの渡し船  さぁここからは他の沢のように簡単には後戻りは出来ない。いつもとは違う緊張感のなか身支度を整えて出発する。しばらくは左岸に付けられた釣り師の踏み跡を辿って進む。すぐに左岸より赤倉沢が出合い、更に小尾根を越えると右岸より小穂口沢が出合う。ここから大きく開けた明るい河原に降りて水線を進む。左岸より水長沢を合わせるといよいよ利根川本谷の遡行開始だ。「ここが夢にまでみた利根川本谷か~」と味わいながら一歩一歩を踏みしめる。記録に良く出てくる水位計を左手に確認すると右岸から一ノ沢が入り、すぐにシッケイガワマシだ。水流は強いが深くても腰くらいまでで問題ない。右岸の広い岩棚上のバンドからも行けるが水流から行ったほうが早いのですぐに沢床に降りてそのまま進む。ここを抜けると河原歩きとなり左岸より井戸沢が入る。ここで先行していた釣り師3人組に追いつく。彼らは日帰りのようだ。この先は十字峡まで人に会うことはなかった。井戸沢をすぎてしばらくすると巻き淵が現れる。トポには「右を泳ぎとへつりで行けるが難しい」とあり、通常は左岸を巻くようだが今回は河童がたくさんいるので難しい方を選んで突破する。楽しいが水温は低く体は震えている。
巻き淵を空身で突破  越後沢を過ぎると谷はゴルジュ帯になり、左岸から剣ヶ倉沢が出合い、その先は剣ヶ倉土合の挟まった谷となる。奥利根名所のヒトマタギもここにあるが、大型の男性サイズで失敗は許されない。結局、挑戦したのは私だけだった(成功すれば長身・足長おじさん認定?)。ゴルジュ帯なのでそこそこ苦労し時間もかかってようやく抜けると牧ヶ倉沢が出合って剣ヶ倉土合も終了。本日の核心を問題なく突破できて一安心。
ヒトマタギ(失敗は許されない)  やがて左岸から滝ヶ倉沢が出合うとここが本日の幕場だ。幕場は出合から踏み跡を少し上がったところにある(本谷の左岸、滝ヶ倉沢の右岸で沢底から高さ7-8mmくらいか?)。本日は結局雨に降られず、夜も盛大に焚き火が出来て大いに盛り上がる。

【9月15日 終日雨】
 今日は本山行の核心となるオイックイの通過があるが、朝から雨が降っている。しかし昨日までさっぱりだった岩魚が走り出し魚影は濃い。歩き始めから我慢できずに竿を出しながら行くとKGがテンカラで一匹目をゲット!尺級に加えて丸々と太っており立派な代物だ。ということで天気は悪いがメンバーのモチベーションはアゲアゲとなり遡行を続ける。
奥利根の恵み  下北沢出合から谷はいよいよ狭く両岸も絶望的にまで立ってきていよいよオイックイに突入だ。スノーブリッジを覚悟するが、なかなかその姿は現れない。1ヶ月前の記録には随分とたくさんのスノーブリッジがあったようだが今回は皆無。申し訳程度に崩壊後の雪塊が2個ほどあったのみだった。「スノーブリッジが無ければただの河原歩き」という程には簡単ではないオイックイを雨の中、震えながら無事に抜けると裏越後沢出合だ。ここから定吉沢出合までは癒し系となり竿を出しながら進む。相変わらず魚影は濃く型も申し分ない。定吉沢出合上の滝が沢通しには行けず右の岩を登って残置を使って下降する。しばらくゴルジュの中を行くと谷は大きく左に屈曲し魚止滝15mが現れる。
 ダム湖で育った岩魚もここまでということで最後の釣りを楽しむが、ここでも尺超えサイズの岩魚をゲット出来て大満足だ。魚止滝は直登不可能なので左壁に取り付いて灌木帯に入ったらトラバース。最後は懸垂で沢に下降する。
魚止滝は岩魚がウジャウジャ!?  その後も数え切れないほどの滝を越えていくが、いくつかはロープも出しながら突破していく。丹後沢出合を通過し、丹後コボラ沢が滝で出合う所の4m滝と5m滝は直登出来ずに右の草付きから巻くが結構悪い。アイスハンマーがあると良いだろう。これを越えると圧巻の大利根滝20mが直瀑で落ちる。利根川本谷の最大の見せ場と言って良いだろう。ここは右壁の豊富なホールドを使って簡単に登っていけるが、真ん中上まで適当なリスがなくランナーはとれない。上部はリスが出てくるのでハーケンも打てるし残置もいくつか出てくるので精神的に楽になる。終了点は灌木でとれる。
大利根滝の登攀  懸垂で沢に戻ると谷は開け、本日の幕場予定地であるハト平に到着。左岸に整地済みの素敵な幕場適地を見つけて本日の宿とする。今日は終日雨であったが、ルート消化、岩魚、メンバーの体調、夜の焚き火その他全てが順調だった。さぁ明日はいよいよ稜線に抜けるぞ!

【9月16日 終日雨】
 昨夜から雨はいよいよ強くなり朝になっても降り続いている。夜に焚き火した河原も増水で面積が小さくなっている始末。モチベーションはあがらず今日は停滞でもいいかな~なんて思ったりもするが、予報では明日も雨なので気は進まないが今日も行動したほうが良さそうだ。渋々と支度して7時過ぎに出発する。すぐに2段6mの滝となり右壁を登って5mの懸垂下降となる。東小沢出合の簡単な7m滝を登ると谷は開け佐市平のテン場に到着。ハト平から1時間ほどの所でいくつかテン場が取れそうだが、一番広いところで5張りくらいと広い。この先いよいよ本谷も源流部の様相。人参滝までは4-5mの滝がいくつも懸かるがどれも簡単ではなく一癖あるクライミングか腕力勝負の高巻きで突破していくことになり、時間も結構かかる。ようやく人参滝15mがその姿を表す。
人参滝は右のリッジから  この先、人参滝を含めて4つの滝を突破すれば本谷は実質終わりとなる。雨はいよいよ強くなってくるが、比例して思いも気持も強くなってくる。人参滝の直登は不可能なので右のリッジを登り灌木帯に入りトラバース、藪を漕いで沢に戻る。すぐに深山滝20mでここも圧巻だ。ここ数日の降りっぱなしの雨で水量も凄まじく、今まで見たどの写真とも比べ物にならないほどの力強さを感じる。
圧巻の深山滝  幸いルートは水流の右壁なので影響なく登れる。ホールドも豊富で簡単なのだが、リスはなく残置もなし。小指の1/3くらいの細い灌木で申し訳程度にランナーを取るが、落ちたら絶対止まらないという確信があるので精神的には楽にならない。それでもあまり怖い思いをすることなく落ち口へ。終了点は灌木で取れる。次は赤沢滝3段15m。シャワーを浴びながら水流の中のホールドを使って登るということだが、今日はとにかく増水していて水流も強い。水流脇のホールドを使って突っ張りで行こうとするがヌルヌルで全然ダメ。意を決して水流のホールドに足を置くが水の勢いが強くて置いた足が弾かれてしまう。そんなこんなでどうやって登ったか覚えていないが、怖い思いをしながらもなんとか突破して後続を迎え入れる。但し核心は一段目で高さはないので恐らく落ちても釜にドボンで済むだろう。
赤沢滝はヌルヌル!  そして最後の水上滝15m。これを右からランナーなしで登ってようやく本谷の滝も終わる。終了点はリスにハーケンを打って作成。あとは薮もなく沢型をそのまま進み大河の最初の一滴を口に入れると三角雪田だ。稜線に出て利根川水源碑で記念撮影。丹後山避難小屋で祝杯を上げる。

三角雪田1三角雪田2
利根川水源碑

【9月17日 雨】
 昨夜から朝にかけてはかなりの暴風雨で沢沿いで幕営していたらヤバかったかもしれない。風が収まるのを待ってゆっくり下山を開始。丹後山から巻機山へは標識はあるが道は無く、もちろん踏み跡すら皆無。ただただ深い笹藪に覆われているだけである。無雪期は大変なので残雪期に利根川源流山地縦走(巻機山~大水上山~平ヶ岳~尾瀬 *ちなみにこれも岳人100ルート!)でもやってみようかな?等と考えながら十字峡へ下山した。

〈コースタイム〉
【9月14日】 矢木沢ダム(7:00)=渡船=割沢出合(7:30) → シッケイガマワシ → 巻き淵 → 剣ヶ倉土合 → 滝ヶ倉沢出合(16:40)
【9月15日】 幕場(7:10) → オイックイ → 定吉沢出合 → 魚止滝 → 大利根滝 → ハト平(17:40)
【9月16日】 幕場(7:20) → 佐市平(8:20) → 人参滝 → 深山滝 → 赤沢滝 → 水上滝上(15:00) → 稜線(16:10) → 丹後山避難小屋(16:50)
【9月17日】 小屋(8:50)~十字峡登山センター(12:00)

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