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ハイキング・下ノ廊下
碓井 真知子

山行日 2018年10月20日~21日
メンバー (L)内田、斎藤(吉)、吉岡(卓)、千葉(快)、坂田、清水、石毛、碓井

 私が初めて下ノ廊下の存在を知ったのは山岳雑誌PEAKSの特集を見た時だった。写真で見る鮮やかな紅葉と絶景に吸い込まれ、いつか行ってみたい憧れの場所となった。なんとか行くことができないか画策していたところ、三峰山岳会の山行計画が出ていたのでさっそく飛びついた。
 山行当日までは、そのコースを歩く予定の人の半数以上が目を通すと思われる吉村昭さんの「高熱隧道」を読んだり、阿曽原温泉小屋のホームページや過去の参考記録などをチェックしたりして色々と想像を膨らませた。なかには恐怖心をあおるような情報もあり、山行をキャンセルしようかと不安になったりもしたが、三峰の頼れる先輩方も一緒だしきっと大丈夫だと言い聞かせ、ジムでのトレーニングなど自分にできる範囲で準備をして当日に臨んだ。
 集合は金曜日の夜、バスタ新宿だった。ここで行動食など必要なものを揃え、富山行きのバスに乗り込み、翌日に備えてすぐに眠りについた。このバスには珍しくネックピローが備わっていてとても眠りやすかった。

 富山駅から滑川駅までは、あいの風とやま鉄道(IC利用可)、宇奈月温泉までは富山地方鉄道(IC利用不可)で移動した。滑川駅の乗り換えでは少し時間があったので、ここで共同装備の分配をしたり朝食を済ませたりした。一方、宇奈月温泉駅では時間がほとんどなく、次の改札口まで急いで歩いた。
 欅平までの黒部峡谷トロッコ電車(始発)は、登山者だけでなく関西電力が主催する黒部ルート見学会のツアー客や途中の温泉で下車する人もいてほぼ満席だった。トロッコからは絶景がみられたが、壁がないため風が筒抜けで、あまりにも寒くてそれどころではなかった。皆ダウンジャケットやニット帽、手袋などの防寒具を身につけていた。おそらく山行の中でここが一番寒かったと思う(阿曽原のテント場は温泉に近いからか、思いのほか暖かかった)。
トロッコ電車 防寒具を着込んで絶景を楽しむ  欅平ではトイレや着替えを済ませ、軽く準備運動をして登山口に向かった。今回の山行は紅葉のベストシーズンの週末で混雑が予想され、テントが張れなくなる恐れがあったことから、足が速く体力のある吉岡さんと千葉さんに先に行ってテントのスペースを確保してもらう作戦をとった。そのため、初日は欅平で先発隊と別れ6人で登山道を進んだ。この6人の中でも迷子にならないようにペアを組み、リーダーの指示通り前後離れずに歩いた。
 水平歩道までは急登で、歩き始めてすぐに汗が噴き出した。かなりきつくて早くも山行の参加を後悔したが、展望台で一休みしたら少し落ち着き、また、水平歩道始終点からは傾斜が少なくなり歩きやすくなった。とはいえ、正直なところ、歩行中はリーダーの内田さんについて行くのに必死で景色などはあまり目に入らなかった。
 覚えていることといえば、途中いくつかトンネルがあり懐中電灯が必要だったこと(すぐに取り出せるところにしまっておいた)、トンネルの中は水がたまっているところがあり避けきれずに水の中をそっと歩かなければならないところがあったこと、滝の下をくぐり水に濡れる場所があったことぐらいだろうか。あとは、歩道が狭いとはいえ所々に少し広くなっている場所があり、休憩場所に困ることはなかったように思う。反対方向から来る人とのすれ違いも、土曜日だったからだろうか、この日はそれほど気にならなかった。
 宿泊予定の阿曽原温泉には後発隊は15時頃到着した。その時には既にテントがたくさん張られていた。我々のテントはというと、先に到着した吉岡さんと千葉(快)さんがとてもいい場所に、しかも2つ並べて設営してくれていた。2人のお陰で快適なテント生活を送れただけでなく、時間を気にして焦ることなく安心して歩くことができた。2人と、作戦を練ってくれたリーダーには感謝、感謝で頭が上がらない。
先に到着した二人のお陰で快適に過ごせた  温泉は1時間おきに男性と女性が入れ替わるのだが、後発隊が着いた時間は女湯の時間だったので、荷物を置いたらすぐに温泉に向かった。温泉には囲いや着替え場はなく、ただ四角い浴槽と荷物を置くためのすのこがあるだけで野趣あふれる作りだった。1度に10人程度入れるぐらいの大きさで、足をのばしてゆったり疲れをとることができた。
 お風呂から帰るとき、まだ女湯の時間なのに男の人が下りてきた。その人は、テント場が満杯なので、お風呂に行く道の途中にあるスペースにテントを張るのだと弁解していた。すれ違う度に怪訝そうな視線を送られていてとても気の毒だった。

 翌朝は3時起床、4時40分出発だった。まだ暗く、ヘッドライトの光を頼りに歩き始めた。鳥目の私は慣れていないこともあり何度も転びそうになった。後で知ったが、ヘッドライトの照度が低かったことも悪かったのだと思う。それまでヘッドランプを使ったことがあまりなかったのでまったく気にしていなかったが、実際に使ってみると違いは歴然だった(ちなみに、電池の残量が少ないと明かりが弱くなることも知らなかった)。取扱説明書などをきちんと読まない私も悪いけれど、安全に関わることなのでもっと多くの人に知ってもらう機会をつくるべきだと思った。
 数か所の上り下りを経て人見平宿舎や仙人谷ダムにたどり着いた辺りでようやく明るくなりはじめ、ヘッドライトをしまった。
細い吊り橋を幾度となく渡った  この日は天気が良く、緊張が幾分和らいだのか景色を楽しみながら歩くことができた。従前言われていた通りS字峡手前から新越沢を過ぎる辺りまで道幅は狭く、すぐ隣は断崖絶壁で足を滑らせたら命はないと思われる場所が続いた。十字峡辺りまではすれ違いも少なく順調に進めたが、次第に反対方向から来る人が増え、すれ違いに苦労する場面もあった。団体ツアーも何組か来ていたと思う。また、黒部別山谷出合?では10mほど上り下りする鎖場があり、その付近で渋滞が発生していた。
ハイライトのひとつ 十字峡  紅葉の色づき具合は6~7割程度で若干早めだったかもしれない。翌週に訪れた人の情報では、その週がちょうど見頃だったそうだ。また、同じ場所でも見る角度によって紅葉の進み具合が違うようで、欅平側からよりも振り返って黒部ダム側から見る方が葉の色づきが鮮やかなように思えた。
 黒部ダム側から行くか、欅平側から行くか、どちらが良いかは好みによると思う。欅平から行くと上りが多く、黒部ダム側からだと下りが多いので後者を選ぶ人が多いかもしれない。しかし今回は阿曽原温泉までのタイムコースが短い欅平からのコースをとったため、より早い段階でテントスペースを確保できた(先発隊の2人の力も大きい)し、帰りの交通の便が良くて助かった。右利きの私にとっては、万が一の時の命綱となるワイヤーが利き手側(右)にあることも心強く感じられた。
 トータルでどれほど歩いただろうか、次第に木が近くに感じられるようになり、岩よりも土の上を歩くことが多くなり、道も上りがちになり、歩き疲れてうんざりしだしてからだいぶ後になってようやく人工の建物が目に入った。大きな橋を渡りゴールはすぐ近くにあるはずなのに、最後の坂は異様に長く感じられとても辛かった。それでも、(入会したばかりの私は)これは三峰の登竜門だと思い一気に登った。最後の登りがきつかったぶん、ゴールにたどりつたときには喜びもひとしおだった。達成感に心を弾ませ皆で記念写真を撮った後、黒部ダム駅に向かった。駅の売店で買って飲んだリンゴサイダーがとても美味しく感じられた。

黒部ダム到着直後の記念撮影  下ノ廊下はとても有名なコースで、雑誌やブログの写真で見たことのある景色を何度となく目のあたりにした。あっ、この景色見たことある!!と少し懐かしいような、お上りさんのような感じがしつつ、実際に自分の足で歩いてその場に行けた喜びと達成感と、ほんの少しだけ、夢が叶ってしまった切なさ(?)が入りまじった不思議な気分を味わった。
 もしも、危険なルートだと言われているからと躊躇している人がいるとしたら(今までお会いした三峰の会員にはそのような人はいないように見受けられるが)、この山域に挑戦することを全力でおすすめしたい。もちろん無理な計画の遂行や無謀な挑戦はするべきではないけれど、下ノ廊下は想像以上に整備されていて足場がしっかりしていたし、すれ違いに注意すればよっぽどの悪条件でない限り事故を防げるのではないかという印象を受けた。ぜひ、(安全を確保したうえで)その場の空気感とともに絶景を味わってみてほしい。きっと後悔することはないと思う。
 最後に、リーダーの内田さんをはじめ先にテントを設営してくれた吉岡さん、千葉(快)さん、そして参加者の皆さんに感謝して筆をおきたい。

〈コースタイム〉
【10月20日】 (先発隊)欅平駅(10:00) → 水平歩道始終点(10:25) → 蜆谷トンネル(11:00) → 大太鼓(11:50) → オリオ谷(12:35) → 阿曽原温泉(13:45)
【10月21日】 阿曽原温泉(4:40) → 阿曽原温泉(5:45) → 仙人谷ダム(5:50) → 車谷吊橋(6:10) → 半月峡(7:00) → 黒部別山谷(10:05) → 新越沢二股(10:55) → 内茂助谷出合(12:25) → 黒部ダム駅(13:55)

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