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岩登り・ヨセミテ遠征
西村 宏一
小芝 泰規
内田 優生

山行日 2019年4月27日~5月2日
メンバー (L)西村、小芝、内田、会員外(小芝 麻紀子)

【4月27日(土)】初日 記録:内田
快適なHousekeeping Camp 内部  昨日ヨセミテに到着したのはほぼ真夜中に近かった。午後の便でサンフランシスコに到着した小芝夫妻を1日前に到着した西村・内田組でピックアップし、直接ヨセミテに向かったのだが、金曜夕方という一番悪い帰宅ラッシュ時刻にハマってしまい、市内を抜け出すだけで2時間近くかかってしまった。途中Livermoreという小さな街の山道具屋に寄るが、思ったより小さくそこまでクライミング関連の品揃えは良くなかった。店員のお姉さんに「あなたたち、Valleyに行くの?」と言われ、ほほー。ヨセミテ(特にクライミング?)の事はValleyと言うのか~と思い「Yes!」と答えた。なんか通っぽい。お腹も空いてきたのでこの街で夕飯を食べようとアメリカンっぽいBBQの店に入った。時刻は19時をまわっていたが、緯度の関係かサマータイムだからか、とても夜という感じではなく普通に明るい。そんなこんなで寄り道もしたり、時差ボケで運転手以外寝こけてナビを放棄したりで道にも迷い、無事到着したのは既に夜中だった。今回泊まったのはHousekeeping Campというサイトで常設のドームが張られていて、中には簡易ベッドとテーブルやキッチンの台もあり、雨の心配もいらない快適な場所だった。水道も目の前、綺麗なトイレもすぐ近くにあり、各テントには焚火が出来るファイヤーピットが設けられていた。これから6日間お世話になる場所としては、文句のつけようがない程全て整っている。皆一目で気に入ってしまった。この日は軽く乾杯をしてすぐに眠りについた。

Bishop terraceの最後はダブルクラック!  翌朝起きると目の前には夢のような景色が広がっていた。なんせ昨日は真っ暗な中、車を走らせ、到着後もヘッデンで荷物を運びこんだので一体周りがどんな状態か全く見えなかったのだ。一帯は巨木に囲まれていて、木々の間から巨大な岩壁とその上部から落ちる滝も見える。半日はこの景色をボーっと見るだけでも過ごせる程素晴らしいのだが、スケジュールも詰まっているし、早く周りを散策したい!という事で早速パッキングしてVisitor Centerのある中心部に向かった。Village Storeというスーパーは普通にある街のスーパーと遜色ない程品揃えは豊富だった。ちょっと高いが、場所も場所なので文句は言えない。ここで天気をチェックして、腹ごしらえをした後、早速Church Bowlという岩場に向かった。Church Bowlは我々が宿泊しているHousekeeping Campからも歩いて行ける程近い岩場で、家族連れがBBQを楽しめるピクニックエリアも併設されている。加えて駐車場から岩場が数分というアクセスの良さ。とりあえず既に取り付いているクライマーに聞きながら現在地を特定する。1本目はBlack is Brown 5.8というルートに取り付いた。途中で左に回り込みながら右にトラバース気味に足を伸ばすところが緊張する。とりあえずヨセミテ1本目は全員無事に登り終わり、その後この岩場の人気ルートであるBishop Terraceへ移動。トポによるとBishop Terraceは5.8のハンドのルートの中ではヨセミテでもベストの一つで、50mならば途中でピッチを切り、60mならば1本で行けると書いてある。取りつきに行ってみると既にヒッピー風のアメリカ人2人組が取り付いていて、ビレイヤーの足元にはビール瓶が転がっていて酒の匂いがプンプンする...飲みながらやっているのか...驚愕。リードは慣れているのかロクに支点も取らずにスイスイと登っていく。彼らは登り終えると同時懸垂で途中まで降りてきて、その後数メートルクライムダウンしてまた最後の7-8メートルを懸垂で降りてきた。この後ヨセミテで何度も同時懸垂を目にした。ここでは割と一般的な手法らしいが、帰国して金子さんにこの話をしたら絶対嫌だと言われた。まあ、相当信頼できるパートナーとでないと出来ないのは確かだ。この超人気ルートは先ず芝ちゃんがリードで取り付いた。難なくスルスルと上まで行き、続いてマキさんが懸垂用にもう一本ロープを引きずってフォローで上がる。途中若干苦戦して停滞していると、上にいる芝ちゃんからプルージックを使えだのとか様々なアドバイスが飛んでくる。こんな状況になってから言われてもねえ...ちょうど真ん中あたりなので、下にいる我々も全く的確なアドバイスが出来ない、というか見えない。そうこうしているうちに十分なレストが取れたのか、上からの必死のアドバイスなんか気にする様子もなくマキさんはするっとフリーで上がっていった。必要だったのはレストだったのね。その後西村さんが華麗な登りを見せるもののあと5メートルというところで、まさかの弾切れを起こしてあえなく終了。私は小芝夫妻がかけてくれたトップロープで最後に登らせてもらい上から懸垂で降りてきた。最後数メートルのダブルクラックを手足ともに開いて攀じ登っていくのが、木をよじ登るクワガタにでもなった気分で最高に楽しい! トップロープながら素晴らしいルートだと思った。こんなのリードで登ってみたい!

焚火ダイブで意気消沈  2本しか登っていないが初日はまぁこんなもんでしょう。という事で岩場を引き上げて夕食の買い物へ。スーパーには場所柄Napaのワインが豊富に取り揃えてある。10ドルも出せばじゅうぶん美味しいワインにありつける。ファイヤーピットもあるので、ここぞとばかりに肉の塊も購入。疲れた体には何を食べても美味しい。食後は焚火を囲い明日はどこの岩場に行こうかなど話し合ったりしている間に夜は更けていった。

【4月28日(日)】2日目 記録:内田
 朝起きると顔がヒリヒリする。そうだ、昨晩悲劇が起きたのだった。焚火の前でウトウトして私は、そのまま頭から火に突っ込んでしまったらしい。幸い西村さんがすぐに消火活動に勤しんでくれたお陰で軽傷で済んだ。恐る恐る鏡を見ると額と鼻に火傷の跡があるが、髪の毛も眉毛もまつ毛も残っていた!あ~よかった。皮膚は再生するだろうが、毛は再生しないかもしれない。危うく薄毛に悩む男性陣に一気に親近感が湧くところだった。とは言え初日から一体何をやってるんだろう... 静寂な朝のキャンプ場で一人椅子に腰かけ意気消沈していると、マキさんがタカタカとリスのように近寄ってきて、記録用にと私の顔をアップで激写して去っていった...はー。なんて呑気な仲間なんだ。

El Capitanに大興奮  朝から車のガソリンを入れに行ってくれた西村さんと芝ちゃんが戻ってきた。早速朝食を済ませ園内にある山道具屋へと向かう。ここで60mのシングルロープを調達し、ついでに靴も買う。今回肝心の靴を忘れてきたのだ。またしても一体何しに来たんだ...と思うが、ここは怪我の功名!と気持ちを切り替え、前から欲しかったミウラーを即決購入。クラックのみに使うにはTC Proより足は守られていないが、その分クラック脇の細かいホールドに立ちこむ安定感はこちらに軍配が上がるのではと感じた。今日の岩場はEl Capitan基部のEl Capitan Base。車はすぐ脇の道路に停めることが出来た。今日も快晴。真っ青な空に千メートルの一枚岩が圧倒的な存在感でそびえ立っている。初めての光景に皆テンションMaxで写真を撮りまくる。

Pine Line 5.7 は眺望抜群!  今回の旅の直前にメンバー各々が映画Dawn Wallを観ていたので、あのラインが核心のトラバースだとか、トミーが迂回したルートだとか、あそこがケビンがダイノ(ランジ)した辺りだとか、しばし同定に時間を費やす。通常岩場に着くとすぐに目当ての取り付きに行くものだか、とにかく下部でも圧倒されてしまい、その場の雰囲気にのまれてただ人が登っているのを眺めていた。西村さんが登りたいと言っていたSalathe Wallの1ピッチ目は既に先客がいて、割と苦労してズリズリと上がっていた。時間もかかりそうなので、アップにPine Line 5.7をトライした。トポによるとここはFinger のいい練習で、さらにはカムに頼りきっている初心者クライマーにとってナッツに慣れる絶好の練習場とのこと。私の場合カムにさえまだ頼れていないので、スタートラインにすら立っていない事になる。余談だが今回英語でトポを読む事にだいぶ慣れた。そして英語のトポは適格で表現もとても面白く、読んでいて楽しくなる。何よりやってみたい!と思わせる書きぶりで、うまくできているなと感じた。アップとして登った Pine Lineだったが、ここら辺のルートの中では抜群の眺望だった。

Little John Rightは奮闘系で最後はチムニー  その後Little John Right 5.8へ移動。ここは本来3ピッチのルートだが1P終了点に懸垂の支点があり1PのトライだけでもOK。芝ちゃんがリードで上がり奮闘しつつも終了点のテラスに立つ。前半はハンドよりだいぶ広い幅のクラックで後半はチムニーへともぞもぞ入っていく。つまりは奮闘系ルートだ。ステミングをうまく意識すると徐々にだが確実に体を持ちあげる事が出来た。芝ちゃんが1P目の終了点についた頃にはまだ2ピッチ目を登ろうとしている3人がテラスに待機していて、ロワーダウンの支点が空くまでこの狭いテラスで外人3人と寄り添い待ったところの方が本ルートの核心だったらしい。

綺麗なfinger crackのLa Cosita Right  その後いい時間にはなっていたが、もう1本登りたい!という事でLa Cosita Right 5.9へ移動。ここは綺麗なコーナークラックのフィンガールートで4つ星! トポによるとこのルートは対になるLa Cosita Leftと併せて、今後ヨセミテにおいてSlick Granite (ツルツルの花崗岩)を扱う上で登竜門となるルートとのこと。面白い!俄然やってみたくなる。そしてTRでトライさせてもらうものの、やはり滑る滑る! 滑るのが先か上に行くのが先かみたいな感じでレイバック気味に上がっていく。でもとにかく面白い。夢中になって4人全てが登り終わるころにはなんと19時を過ぎていた。興奮冷めやらぬままなんと2日目にしてヘッデン下山となった。

【4月29日(月)】3日目 記録:西村
 ヨセミテ3日目、メンバーに自分の希望を聞いてもらい前日に引き続きEL Capitan baseへ。2度目でも圧倒的なEL Capの壁を前にすると心が震え、完全に岩に呑み込まれているのが分かる。岩場に着くと昨日に比べ人は少ない。よく考えると今日は月曜日、平日なのだ。逆に考えると地元のアメリカ人は土日だけでも登りに来れるのだと羨ましい気持ちになる。
 この登ったルートは以下の2本。
 Little John Left(5.8)
 これぞヨセミテのクラックと言われる良ルート、フィンガーに始まりワイドまである。ワイド部分はチキンウィングでずり上がる。メンタルチキンな自分はテンションしながらなんとかトップアウト。終了点はボルト。
La costia Leftのワイド部分  La Costia Left(5.7)
 右手はクラック、左手は対面の岩のフレーク、身体はバック&フットという豪快なムーブ。クラックに折れたハーケンが残置されており、手に刺さりそうで怖い。この処理が核心か。こちらも終了点はボルト。
 このエリアではポータリッジを持ってBig wallに臨むパーティを眺める事が出来る。ユマールを巧みに使いこなし、手際よく荷揚げするクライマーを見ながら、あと10歳若ければ自分もチャレンジせずはいられなかっただろうと感慨深く、そしてちょっと嫉妬心を抱きながら見つめていた。El Capitanで満点の星空のなかで夜を過ごし、朝日を眺めながら飲むコーヒーはどんなに美味しいのだろうか!
 2本登ったところで2時過ぎとなり、旅の疲れが出てきたことや翌日の偵察をしたい事もありこの日は早めに岩場を後にした。途中、El Capitanの東側のエリアを見学しに行く。南西壁よりこちら側からの方がEl Capitanのスケールをより感じることが出来る、そして何よりDawn wallの取付きはこちら側なのだ!

El Capitan基部Dawn wallの取付き付近

 ここでエクアドルから来た二人組のクライマーと互いの国のクライミング事情について情報交換をすることも出来た(エクアドルにクライミングしに行く事は有り得ないだろうという突っ込みは無しにして欲しい)。また、この二人はNoseの11P目までをたった4時間で登って降りてきたという。世界中からクライマーが集まるヨセミテには更にえげつない怪物がいるのだろうと、考えるだけで自分のへたれ具合に頭痛と眩暈がしてくる。その後、ヨセミテでは恒例の行動パターンである翌日の予定エリアの偵察 → 薪拾い → 買い物 → 焚き火を囲んでの宴会といつものパターン。前日の焚き火事件の後だったのでうたた寝も慎重になりながら就寝した。

【4月30日(火)】4日目 記録:西村
Ranger rockまでの取り付き  数日前の天気予報では雨マークであったものの、この日も見事に快晴。この旅では一度も雨に降られることが無かった。思えば2018年度は雨で中止or代替になる山行が多く、皆に「雨村」などと揶揄されたものだが、この旅でそんな悪名は取り払ったと言い切って良いだろう。
 この日のエリアはManure pile buttress、トポによってはRanger rockとも記載されている。初心者用のマルチとして有名な「Nutcracker」「After six」などがあるエリアである。基部は樹林帯であり、日本と似た雰囲気でもあるが少し登ると素晴らしい光景を堪能出来る好エリアであった。そしてアプローチは3分。ヨセミテはどこもアプローチが短く、これに慣れてしまうと小川山のアプローチでさえ長く感じるだろうと心配になる。
 登ったルートは以下のとおり。
・After six(5.7)
 5Pあるマルチのルートの1P目で核心ルート。左フェース沿いのクラックを登る。朝一でやったせいかぎこちないムーヴだった。30m以上あるのでフォローに登ってきてもらい懸垂で降りる。終了点は立木。
・After seven(5.8)  クラックがフレアしているが概ね快適。ただカムは少し決め難い。核心はフェースのトラバースで少しランナウトする。ここも30M以上あるので下降は注意。終了点は立木があるがやや頼りなく、TRをする場合はカムでの補強が必要。 ・C.S concerto(5.8)  ワイドハンド、フィスト。フレークを交えて快適に登れるが上部のフェース部分は支点をとれずランナウトする。終了点は立木。
・Just do it(10a)  スラブのスポートルート。1ピン目がやたら遠くスポット必須。小芝さんは流石のMOS。

After7C.S concertoを登る小芝さん

こんなところにも熊ボックスがある  ここではヨセミテで知ったSimul rappel、いわゆる同時懸垂をC.Sconcertoからの下降でウッチ―と試した。支点が丈夫であれば安定しているが、互いの息を合わせないと駄目なこと、制動が甘いことへの対応が必要だと思ったが、一方で日本でもこれみよがしにやってみたいと邪まな事を考えていた。

Five open bookのトポ  なんて事をやっているといつの間にか16時。旅をとおして時の経過が本当に早い。とはいえまだ陽は高いため、翌日行く予定をしていたマルチのルートのあるFive open booksの偵察へ。Five open booksは事前にあまり調べていなかったが、O津さんと並び様々な情報をくれた「けんじ」君お勧めのエリアでもあったが、確かに取付きからでもヨセミテフォールやハーフドームが一望でき、素晴らしいルートであることが一目で分かった。マルチへ行く事を悩んでいた小芝夫妻もこの光景を見てトライすることになり、メンバー一同テンションが上がった状態のままこの日も焚き火で宴会からの就寝となった。

【5月1日(水)】5日目 記録:小芝
2ピッチ目。フェースのクラックからコーナーへ  昨日取付きまで偵察したFive Open Booksという岩場のMunginella 5.6に行った。高低差700mのヨセミテの滝のすぐ左横に位置していて、ケタ違いのヨセミテの自然を感じながら手軽に登れるおススメルート。岩場の名前の通り雁行した岩壁がつづら折りのように連続した場所で、今回のルートもフェースの左側は巨大な岩が立ち上がった凹角コーナーになっている。

素晴らしい景色で締めくくる  1ピッチ目は、リッジを右上し傾斜の緩いスラブをフレークに沿って登っていくと、すっと上に伸びたハンドサイズのクラックが始まる。クラックはバチ効きでスタンスも豊富なのでハシゴを登るようにリズミカルに登れて楽しい。クラックは徐々に幅を増し、最後はフィストサイズになるが最後まで気持ちよく行け、リッジに生えた灌木でビレイ支点を取った。
 2ピッチ目、半円状に弧を描いたフレークを右上して自然ラインで左に戻るとノッペリとしたフェースにフィンガーサイズのクラックがまっすぐ上に伸びている。しかし心配は無用。傾斜が緩くスタンスが豊富なのでフィンガーといえどもヒヤヒヤするようなところはなかった。フェースとクラックを使いながら左上し凹角コーナーに沿ってレイバック気味に登ると最後はルーフになっているが、出口でキャメ5番がバッチリ決まるのと傾斜がゆるいので全く問題ない。ここは自分に酔うほどオーバームーブを利かせて気持ち良く越えることをお勧めしたい。
 3ピッチ目、凹角コーナー沿いのワイドクラックを上る。クラックが左の凹角壁側にあるのでジャミングよりもホールドとスタンスを使いつつレイバックで登った方が楽。カムをセットしにくかったが、安定して登れるのでどんどん行ける。最後はチムニー状になった凹角を左に抜けると樹林帯に突き上げて終了。眼前にはヨセミテ渓谷が広がりハーフドームを望むことが出来る絶好のロケーションで最後まで私たちを楽しませてくれた。

一番右の岩の段差が取付き  下山は登山道を下り、一部沢と化した岩稜を1回ラッペルして遊歩道まで戻った。
 まだ時間が早かったのでSwan Slabという岩場のSwan Slab Gully 5.6に行った。ここはCamp4というキャンプ場に車を止め5分ほど遊歩道を歩いたところにある岩場で、開けた広場に面していてとても賑わっていた。

会心の一枚!  1ピッチ目、ホールドが豊富なガリーを直上し、テラス上に太い灌木で支点を取った。
 2ピッチ目、登山道のようなルンゼを歩いて登る。
 3ピッチ目、10mほど歩きで登ると左側にスラブが現れ、岩の中央からフィンガーサイズクラックが左上に向かって伸びている。遠目にはこれが5.6か?と思ってしまうほど難しく見えたが、いざ岩に近づいてみるとクラック無しでも登れるほどホールドが豊富にあった。クラック沿いに左上したあとに大岩を左から巻いて終了。そこから3mほどルンゼを登ると眺望のよい大テラスに出た。後から男女のパーティが登ってきたが、3ピッチ目は我々が登ったクラックは使わず、岩の中央辺りのフェースを登って大テラスに直接突き上げてきた。ちょうど良いのでこのパーティに写真をお願いすると女性が快く応じてくれ、まるでプロのカメラマンのように座ったり地面に寝そべったりとアングルを変えて何枚も撮影してくれたあと、Have a nice tripと言って立ち去った彼女のタイツのお尻にはマスクメロンぐらいの穴が空いていたので皆ひっくり返りそうになった。さすが自由の国アメリカ。些細なことを気にする必要はないんだと思わせてくれた。

 ヨセミテ生活にも慣れてきて、1日の行動の最後は岩場の下見と薪拾いというリズムが出来上がってきていたが、それができるのも今日が最後。本日は西村さんが日本から目をつけていたMiddle Cathedral Rockという岩場のCentral Pillar of Frenzy 5.9を見に行った。岩場の基部近くの路肩に車を止め遊歩道を岩場の中央付近まで歩いていくと遊歩道の左脇にカラビナポストという高さ1mほどの木の支柱にカラビナの絵が描かれた柱が設置されている。ここから踏み跡を数分登ると岩壁から張り出した岩のコーナーに長い見事なクラックが伸びていた。登りたくてムズムズしたが残雪がだいぶあってまだ時期には早かったので、次回の楽しみとして再訪を誓い合った。

【5月2日(木)】6日目 快晴 記録:マキ
1ピッチ目はまだ雪の下かも... 〈ヨセミテ国立公園~セコイア国立公園〉
 ヨセミテを去る日がやってきた。朝8時、すっかり生活に慣れたHouse Keepingキャンプ場を後に車を走らせる。日本には持ち帰れないため余ったガス缶を寄付しようと、Camp4に立ち寄ると宿泊受付待ちの長蛇の列ができていた。先頭は朝2時から並んでいるそうだ。

Camp4で ザイルパートナー募集などもあった  その後エル・キャピタン前で車を停め、最後にもう一度エル・キャピタンを眺める。きっと、それぞれの胸中にはまたこの地を訪れる決意を込めたに違いない。後ろ髪を引かれながらも、ヨセミテを後にした。
 アメリカでのドライブは実に面白い。青々と茂る森林地帯を走ったかとかと思えば、乾いた赤土の土地に変わっていく。そうかと思えばオレンジやブドウ畑の間を走る。対向車線からはアメリカンな大型トラック。変わりゆく景色のスケールが日本とは大きく違う。昼食はドライブの途中で、Carl's Jr.という南カリフォルニア誕生のハンバーガーチェーンに入り、特大ハンバーガー(アメリカ人にとっては普通サイズと思わる...)を頬張る。マックよりも格段に美味。

木が巨大で建物と人がミニチュアに見える  車で走ること4時間。セコイア国立公園に到着。世界一の樹高を誇る木、セコイアを見にハイキングに行くことにした。Giant Forest Museumに車を駐車させた。この博物館は見学が無料なのにセコイアの秘密が詳しく説明されている。ぜひセコイア国立公園に来たときには訪れて欲しい。
 セコイアは実に不思議な木だ。山火事がこの巨木を育てる。水分とタンニンを多く含んだセコイアは燃えにくくなっている。山火事が周辺の樹木を焼き払い、セコイアの成長を助ける。また火災により種が落ち発芽する。このように火がないとセコイアは成長できないのだ。普通の木とは逆の発想というユニークさにひたすら皆は感心する。この小さな博物館からハイキングがスタートする。目的地はGeneral Sherman Tree。樹齢2200年、幹の直径11mという世界一の巨木セコイアが最終地点だ。

小人になった気分  残雪が残るコースを歩き始める。ゴールデンウイークの時期はまだまだ残雪が残るがアイゼンは必要ない。セコイアの林で、起伏も少なく歩きやすい。ただ残雪で登山道が消えてしまっている為、ハイキングコースを見失いがちだ。私たちも図らずも道迷いとなる。ただこのハイキングコースは道路沿いに走っているので、私たちは道路に一旦おり、そのまま道路を歩きSherman Treeに到着する。片道1時間半の行程。世界一の巨木を鑑賞した後、駐車場までの復路は道路を歩いて戻る。帰りは下り坂が続き、30分程度で駐車場まで戻った。

【5月3日(金)】7日目 快晴 記録:マキ
ローカルなレストランは「旅」を演出してくれる 〈セコイア国立公園~サフランシスコ〉
 朝6時に起きて、ホテルから車で5分。Big Tree Trailのコースを散策する。周回コースでガイドブックには45分とあるが、実際には30分程度だ。静かな沼の周辺に特に大きいセコイアが立ち並ぶ。Big Tree Trailの駐車場では、車は一般車は2台程度しか駐車できないので、私たちのように早朝の誰もいない時間でないと駐車が難しい。昼間ハイキングをするのであれば、Giant Forest Museumの駐車場から歩く必要がある。ただ歩いても大した時間ではない。早朝の散歩が終わり、ドライブの途中で田舎の小さなレストランで朝食。
 その後ひたすらハイウェイをドライブすること6時間。サンフランシスコへと到着した。

【付録】
今後、ヨセミテへ行く人へ気付き事項をまとめたので参考に。

【宿泊について】
・クライマーの集まるCamp4は予約不可で当日の早い者勝ち。
→5月のハイシーズンでない時でも一番目の人は夜中の2時から並んでいた。
・熊が来るので各テントサイトにある熊ボックスに食糧等を全て保管する事が義務づけられる。
→熊ボックスに入れ忘れやすいものとして、ザックに入れっぱなしの行動食、要注意。
→保管していない事がレンジャーに見つかると追い出されるという話。
 →実際に我々の宿泊所にも熊が現れて荒らされた。
 →熊は熊でもアライグマだったけど。
・我々の泊まったHousekeeping Campは雨風が避けられる程度のキャンパステントだが、車は横づけ出来る、ファイヤーピットはある、屋内にテーブル、椅子、調理台はある、ベッドもあるとかなり快適。
→ここに泊まってからCamp4にはとてもじゃないけど移動出来ない。
→敷地内にコインランドリー、シャワールームもある。
→完全自炊なら使いかけのサランラップやアルミホイルを捨てるつもりで家から持参した方が便利。調味料も同様。
→使い捨てのハンガー、細引きを持ってくると何かと役に立つ。
 →自販機でジュースや薬もある。コン〇ームまでもあると報告。
→そんなものあってもここでは出来ないというN氏の主張に他の皆の賛同が無かったのが気になってる。

【買い物について】
・ヴィレッジストアは朝8時から22時まで。食糧、酒、雑貨、お土産何でも売っている。
 →焚き火用の薪もここで購入可能。
→ただ薪はヨセミテ内のサウスロード沿いに沢山落ちている。
→薪が足りなかったせいか頭から焚き火に突っ込んで自分の身体を薪にしようとした強者も。
・ハーフドームビレッジに登山用品を売っている店がある。ギア類を忘れたらここへ。
→うっち―はここでミウラーを買って、パフォーマンスが上がった(らしい)。
→そもそもそれまでのシューズが酷かったという噂も。
・食事するレストラン、カフェもヴィレッジ内にあるが閉店は18時頃

【クライミングについて】
・どのエリアも最寄りの駐車場から歩いて2分から15分程度。
 →ただし渓谷内は道路が一方通行のため駐車場を事前に確認しておかないと、通りすぎて渓谷内を半周する事も。
・長いルートが多いので60mロープ推奨。それでもロワーダウン出来ないルートはセカンドビレイでフォロワーにロープを持ってきて貰い懸垂で降りる。若しくはバックロープ引いて。
→そもそもヨセミテではロワーダウンでなく懸垂で降りるのが一般的な方法らしい。
・多くのルートはワイド含み、ヨセミテ行く前に練習すべし!
→アームロック、ヒールトゥ、チキンウィングなどなど。
→小芝さんはいきなり本番で出来た。さすがである。
・トポのルート説明はあくまで外人サイズ。ハンドと書いてある箇所は大概フィスト。アメリカ人、手がでか過ぎ。
・CLIFF
→ヨセミテ前に講習を受けた杉野さんのクライミング講習の名前。うっち―曰く、恰好良いとの事。確かに佇まいはクライマーとしての雰囲気があり惹かれるものがある。でも喋ると茶目っ気たっぷりで人気の高い講習である事が分かる。西村はある意味信者と化している。お世話になっているのでこちらに記載しといた。

【その他】
・アメリカの入国審査で2時間ほど待った。時期にもよるが初日の予定は余裕をもって。
→移動に疲れてかホテルの朝食も取らずに10時まで寝ていた奴らがいるらしい。
・レンタカー会社で借りるGPSは使えない。Google Mapが優秀。
→Google Mapは事前に必要なエリアをダウンロードしていくとローミングオフでもちゃんとナビとして機能する。
・ヨセミテ渓谷を単に「valley」と言うとなんかおしゃれ。
・ガソリンスタンドでは日本で発行のカードがエラー表示で使えなかったりしたので、念の為キャッシュは必要。ちなみに海外系のクレジットカードなら使えた。

【最後に】 西村
 岩や沢が好きで、多少の経験もあるなかで入会した三峰山岳会であるが、会に入ってから現会長の荻原さんから海金剛に誘われたのがきっかけで、全くの経験無しの状態から始めたのがトラッドである。ボルトなどの残置などを使わず、岩を傷つけないようにカムやナッツで支点を作り、フィジカルと同時にメンタルが試されるこの冒険的な要素の強いクライミングには、少しずつ、でも確実に自分のハートをキャッチしてきた。そしてとある山行で、ヨセミテ行かない?と軽い気持ちで口走ったことがきっかけで実現したのがこの企画。賛同して一緒に行ってくれたメンバーには心から感謝。
 ヨセミテへ行けたことで自分の未熟さを思い知らされたと同時に、圧倒的な壁を前にして心が震え、もっともっと高みにいってみたいという刺激を受ける事ができた。また、ヨセミテ行にあたり事前トレに付き合って頂いた三峰クライミングアンバサダー的な存在となりつつあるW山岳会のO津さんからは、ヨセミテで登るだけで強くなれると言われてはいたが、それは確かに感じる事が出来ている(マキさんは帰国後に行った越沢バットレスを見て小さい!と口走ったとか!?)
 これからも試行錯誤し、時には不甲斐ない自分に自己嫌悪になることもあるかもしれないけど、少しずつでも向上して行きたいものです。少しずつでも、向上は向上だと割り切って。

おしまい。


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