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雪稜登攀・槍ヶ岳北鎌尾根
古屋 純
青木 綾子
千葉 快晴

山行日 2019年4月28日~5月2日
メンバー (L)古屋、青木、千葉(快)

【4月28日】(記録:青木)
 2019年のゴールデンウィークは平成から令和への改元にともない、暦上では10連休となった。歴史に残るこの年に、北鎌尾根へ行かないかとの嬉しい誘いを頂き挑戦することにした。憧れのクラシックルートのひとつだったし、湯俣から末端尾根に取付く「由緒正しい」北鎌尾根に期待が高まる。  4/27の夕方に東川口駅に集合。道の駅にて仮眠し、信濃大町駅へ。駅前のタクシー会社の事務所に車を停めてタクシーで高瀬ダムへ向かう。途中七倉ゲートの登山相談所で聞いたところ、湯俣方面に入ったのは前日に2人組1パーティーのみ。予報があまり良くないとはいえ、ゴールデンウィークの北鎌尾根。それなりに人が入っているかと思いきや予想外に静かな山旅になりそうだ。
水俣川に架かる吊り橋を渡る  ゲートの先は一部道路が凍結していて、タイヤを横滑りさせながら進むタクシーにハラハラしつつ高瀬ダムへ到着。ここから徒歩となるが、湯俣までは整備された道がついており迷う心配はない。
 3時間程歩き晴嵐荘が見える川原で身支度を整える。ここから先はほとんど沢歩きになると見込んで沢装備を用意した。私はネオプレーンソックスに沢靴。登山靴とズボンは脱いでザックへしまい雨具をはく。結果として、荷物は重くなるが沢靴を準備してよかったと思った。渡渉の回数も多いので裸足やサンダルではかなり歩きづらいだろう。
 小さな発電所の脇を通り少し行くと、高瀬川は二股に分かれる。下流から見て右手が湯俣川。左手がこれから進む水俣川。吊橋を渡って少し行くと、さっそく1回目の渡渉点だ。見た目はそうでもなかったが入ってみると水深は太腿くらいまであり、かなりの水圧だった。途中で拾った木の棒とストックを両手に持ち、水流に負けないよう体を支えて歩く。雪解けの冷たい水が肌を刺す。ひやあっ、冷たい!いや、冷たいのを通り越して痛い!

初日はほぼ沢歩きとなる  長身の千葉君は太腿までしか濡れなかったと言っていたが、私は背も低いうえ水流に押されてヨロヨロと腰まで浸かっての渡渉だ。

北鎌尾根への道しるべ P2基部の遭難碑* 5-3  流れの速い場所は3人でスクラムを組んで突破する。水の苦手な私は頼もしい男子二人の間に「入れて~!」とばかりにほとんど無意識に割り込んでしまった。うう・・・なんだか情けないけど背に腹は代えられぬ。またもや水流に押されて倒れそうになるが、両側からがっしりとザックを支えてもらい、なんとか反対岸へ。ふぅ~、助かった。いたれりつくせり申し訳ない。
 8-9回は渡渉しただろうか。雪が残っているところはズボズボ踏み抜き、雪渓歩きも楽ではなかった。
 千天出合付近で前日にゲートを通過した男女の2人組を追い越し、熊とも遭遇。対岸の斜面を黒い石がコロコロ転がってきたと思ったら小熊だった。そういえば入渓準備をした川原にも[クマもん出ます]なんて緊張感のない看板が転がっていた。笛を吹くと小熊はこちらに気が付いたようで森の奥に姿を消した。
 最後のP2基部へは手前から流れの少なそうな場所を選んで渡った。P2基部には遭難碑があり分かりやすい。余裕があったらP2目指して少し登って幕営するつもりであったが、ここまでで結構疲れてしまった。遭難碑の前で雪をならしてテントを張る。

【4月29日】(記録:古屋)
 P2基部からは所々木の根を掴んでの急登となる。P2肩に乗ると一旦傾斜は緩み、いよいよ北鎌尾根に合流する。この辺りから雪はだいぶ増え、アップダウンも多く時間がかかる。
 P5は天上沢側から巻くが、岩が露出しており、ところどころシュルンドが口を開け雪は不安定そうだ。懸垂用の残置があったが、ロープを出す程でもなさそうなので6m程クライムダウンした後大きくトラバースするが、雪はグズグズで気持ちのいいものではなかった。ルンゼ状の急登を登り、トラバース気味にP5-P6のコルに上がる。束の間今度はP6を千丈沢側のルンゼから巻くように登るが、氷結している箇所があり若干気を使う。

P2への灌木まじりの急登P5は左から巻く

北鎌のコルへの下降  今日はトレースがないことを喜んでいたが、緩んだ雪で思いのほか消耗した。北鎌のコルに着いたら、北鎌沢から上がってきたパーティーのテント村が出来ていて人がうじゃうじゃいたりして、だってGWの北鎌だよ?なんて冗談をメンバーと言いながらここまできたが、P7から見える北鎌のコルから独標へ続くその稜線に密かに期待していたトレースはなかった。この先も自分達でトレースを刻める嬉しさと、少し残念な気持ちが入り混じる。P7からは急な痩せ尾根をクライムダウンし、残置を使って数メートルの懸垂でようやく北鎌のコルについた。一瞬テントを張ってしまおうかと思ったが、明日から天候が悪くなる予報なので、今日は出来るだけ進んでおきたい。当初の予定は、明日核心と思われる独標を登り、槍ヶ岳山頂を越えて肩の小屋までだが、おそらく無理だろう。大休止の後P8と思われる目の前のピークを目指して出発する。P9(P2,749)手前プラトーを整地し、雪のブロックを積みあげ立派な幕場を作った頃には気温も下がり、そそくさとテントに潜り込んだ。

【4月30日】(記録:古屋)
核心のP10独標  夜半から時折強く雪と風がテントを叩いていた。ひとまず2時半に起床し朝食をとるが、天候は回復する様子もなく、この天気で行動しようとは思えなかった。昼前には天候もある程度回復しそうなので、11時出発予定とし、再度シュラフに入る。明日の天候も悪いため、一日停滞はできれば避けたい。よほどの悪天でもない限り、独標だけでも今日のうちに越えようと思っていた。9時過ぎに目を覚まし準備していると、天候も回復してきたようで、出発する頃にはみぞれまじりの雨も小康状態となっていた。1時間程で核心の独標基部に着く。1ピッチ目は左のルンゼを登るが上部はかなり立っていて雪も不安定だ。右側のハイマツでランナーをとり、上に乗っ越すように上がる。2ピッチ目はリッジ状を上の雪田まで。途中、独標のトラバース道が大きな音を立て雪崩れているのが見えた。言うまでもないがトラバースする場合は細心の注意が必要だろう。その後はザイルを畳み独標頂上へ。晴天なら正面に槍ヶ岳が見え絶景が望めるようだが、ガスの中で展望はなく、視界は次のピークがやっと見える程度だ。

独標2ピッチ目  みぞれまじりの雨の中、アップダウンを繰り返し先へ進む。基本稜線通しだが一部ルーファイが微妙な箇所もあった。P13(2,873m)辺りで残置を使って千丈沢側に懸垂した後、岩峰を天上沢側に回り込むと、丁度風裏となりテン場に最適の場所があった。明日の行動の目途もついたので今日の行動をここまでとし、ゆっくり休むことにした。明日槍ヶ岳を越えたら2食付きの小屋泊だ。テント泊は今日で最後となるので、バーナー全開で雨で濡れた衣類をカラカラになるまで乾かした。

【5月1日】(記録:千葉(快))
千丈沢側への懸垂下降  5時幕場(2,853m)を出発。以前、無雪期の北鎌縦走の際に目星を付けていた4~5人テント1張り程張れそうなこの幕場は積雪期でも地形的に平な場所で快適そのものであった。場所は丁度P13をほんの少し下った辺りであろうか。スタート直後から天気は雨まじりのみぞれ雪、視界が無い中細かなアップダウンを繰り返す単調なルート取りを繰り返す。進むべきルートは、基本アップダウンのある尾根上ルートか、尾根の左右どちらかのトラバースの選択の繰り返しなのだが、天候悪く遠くの景色まで見渡せない中でのルーファイには外れルートも多い。この季節独特の踏み抜き地獄を通過する際は大変苦労させられた。

本日唯一ロープを出した核心部分  ザイルを出す事無く数時間歩いたであろうか。日差しこそないが雨も止み一旦明るくなったと思ったら見渡す限りの広い地形。この時ここが北鎌平とは気付かなかったのだが、後で思えばこの日この場所以外に平な地形は無く、ここが北鎌平だったのであろうか。このまま先に進み急に傾斜の厳しくなるポイントの手前でしばしの休憩。今までは単調なアップダウンの繰り返しであったのだが、ここから先は天井の見えない登りが続きそうな感じである。高度計を見ると標高も3,000m位を指している。標高的にはどうやら槍ヶ岳山頂にかなり近い場所に居るらしい。しばしの休憩の中この先の見えないスケールの大きい登りの景色に急に臆病風が吹く。今までもっと険しい局面はあったはずなのに急に変な緊張感に襲われてしまった。
 結構な斜度なのでWアックスで登攀する。夏は色々と登られているのであろうか、どこが正解ルートという事はなくあちらこちらの岩に残置ハーケンが見える。この日、岩と岩の隙間ルートの通過に一箇所ザイルを出した。トップのリーダーは軽々登っていったが自分は良い手が見つからず時間を結構費やしてしまった。そのまま結構な斜度の斜面をWアックスで登っていく。
 「山頂直下は天候が悪いと何処に居るのか分からず気付くと山頂に到着」なんてネット記事をよく下調べで見ていたが正にその通り。更に傾斜が増し雪質もアラレ状のザレザレの崩れ雪の状態に変わり必死に登っていくが気付けば直ぐ上に人影があるではないか!そうそこはこの4日間殆ど人とも会わずノートレースの道を進んで来た我々のパーティーの憧れの終着点であった。しばし感傷に浸りメンバー全員で握手を交わし記念撮影など。偶然居合わせた気さくな方に写真撮影をお願いした。予期せぬ行程になり「令和元年5月1日 北鎌尾根~槍ヶ岳 初登頂」をGET。何とも良い気分ではないか。

山頂直下!あともう少し!令和元年初 北鎌尾根~槍ヶ岳山頂GET

 ここから先は一般道の高速道路と喜んだのも束の間で槍ヶ岳山荘までの下りは雪の斜度で結構嫌らしいものがあった。槍ヶ岳山荘でしばらく暖を取り槍沢ロッヂまで下り小屋泊にしようと話になり、もう気分はすっかり下山モード。この日の夜は4日間でびしょ濡れになった衣類を干し、気分も快適に小屋での美味しい食事とお風呂にお酒。最高の宴会であった。この時期に営業しているのは本当に有難い。

【5月2日】(記録:千葉(快))
 今日は残すところ下山のみ。今までの静かで厳しい尾根歩きと変わって、横尾山荘を過ぎた辺りで、もうそこは都会の渋谷を歩いているのかというような人ゴミであった。そのまま上高地まで行き島々で電車に乗り松本へ。JR大糸線に乗り換え信濃大町で車を回収。4泊5日の残雪期北鎌尾根。辛かった分、令和初の心に残る山行の1つになりました。同行させて頂いたリーダーの古屋さんと青木さんには感謝。次回があるならリーダーで行きたい。

〈コースタイム〉
【4月28日】 高瀬ダム(6:50) → 湯俣(9:40) → 千天出合(13:50) → P2基部(15:20)
【4月29日】 幕場(5:00) → P2の肩(6:45) → P4-P5のコル(10:50) → P5-P6のコル(11:50) → 北鎌のコル(14:00) → P9手前プラトー(16:00)
【4月30日】 幕場(10:45) → 独標基部(12:00) → 独標(13:45) → P13先のコル(16:45)
【5月1日】 幕場(5:00) → 北鎌平(7:45) → 槍ヶ岳(10:00) → 槍ヶ岳山荘(10:40~11:40) → 槍沢ロッジ(13:20)
【5月2日】 槍沢ロッジ(5:50) → 横尾(7:15) → 徳沢園(8:25~9:15) → 上高地(10:45)

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