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雪山登山・モンブラン
梅田 尚子

山行日 2019年8月7日~9日
メンバー (L)梅田、他会員外3名

 夏季休暇と勤続10年の特別休暇を利用して2週間の休みを取得し、モンブラン(4,810m)に登ってきた。メンバーは同じ会社の先輩Tさん、後輩Aくん、ボルダリングジムで知り合ったKちゃんである。AくんとKちゃんは大学時代に山岳部に所属しており、Tさんはフィジカルモンスターのクライマーで、私以外は非常に安心感のあるメンバーである。メンバーに迷惑をかけないようにトレーニングを積む予定であったが、6月の週末の天気がことごとく悪かったこともあり、結局7月に富士山を御殿場ルートから3回登っただけで(しかも1回は悪天でド敗退)、非常に準備不足な状態で臨むこととなった。
 今回のモンブラン登山では最も一般的なグーテルートで登頂を目指す。このルートでは、3,835mにあるグーテ小屋か3,167mにあるテートルース小屋のどちらかを利用する必要がある。ガイドをつけてグーテ小屋に泊まるのが一般的ではあるが、ガイドと小屋を予約してしまうと登頂できるかどうかはその日の天気次第となってしまう。そこで、天候がいい時に頂上を狙えるよう、ガイドレスでテートルース小屋でのテント泊で登る計画となった。
 6月に入り、体力作り以外の準備は進み、計画の大枠も見えてきて悠長に構えていると、「混雑するモンブラン、山小屋予約を義務化」というニュースが目に飛び込んできた。内容は、モンブランでは落石により毎年死者が出ているため、今年の6月1日から山小屋予約を義務化して登山者の数を絞るというものであった。しかも、違反者には禁錮2年や罰金30万ユーロ(約3,630万円)を科すことも有り得るとなっている。さすがにモンブラン登山で人生を台無しにはしたくないので、急遽山小屋を予約することにした。しかし、この時点でグーテ小屋は既に満室となっており、空いているのはテートルース小屋のみであった。フランス語の予約サイトに苦戦しながら、急いでテートルース小屋を4日分おさえて、なんとか最低限の準備を整えた。

【8月3~4日】
バルマとソシュールの像を真似してみる  成田を出発し、バンコク経由でチューリッヒ到着、電車でシャモニーまで移動。シャモニーへのアクセスはジュネーブからが一般的であるが、航空券代が安かったチューリッヒ着の航空券を購入し、列車に揺られながらのんびり移動することとした。列車を3回乗り換えてようやくシャモニーに到着。モンブランを初登頂したバルマと地質学者のソシュールの像を見て気分が高まる。

【8月5日】
 シャモニーガイド組合で情報収集。今のところ7日は雨だが、8日、9日は天気がよさそうとのこと。そこで、登頂予定日を8日と設定し、7日~9日の2泊3日で登る計画とした。

【8月6日】
Aiguille du Midi展望台から急斜面を下る  高所順応のために、Aiguille du Midiの展望台を起点に氷河トレッキングを行う。高所順応をする登山者は、観光客が行き交う通路に面した「ALPINIST ONLY」のゲートを乗り越えて出発をする。外に出るといきなり急斜面の下りで、しかもところどころアイスバーンとなっており、かなり緊張する。しかし、ステップがしっかりきられており、見た目よりも足場はしっかりしていた。下りきって、安全な場所から周りを見渡すと、グランドジョラスやモンテローザなどアルプスの名峰が目の前に広がっていた。モンテローザを居酒屋チェーンのことだと思っていたAくんは、ホンモノを知って嬉しそうだった。こうして絶景に囲まれながら3~4時間程度の氷河トレッキングを終え、宿に戻って翌日からの登山に向けて準備をした。

【8月7日】
お世話になったテートルース小屋  天気予報のとおり、残念ながら土砂降りの雨である。バスとロープウェイ、登山列車を乗り継いで、Nid d'Aigleに到着。Nid d'Aigleには2つの山小屋の宿泊者リストを持っている係員が立っており、登山者一人一人に小屋を予約しているかどうか確認をしてリストと照合していた。やはり小屋を予約せずに登頂を目指すことは許されないようだ。
 Nid d'Aigleからテートルース小屋までの道は普通のハイキング道である。大雨で視界が良くない中、他のガイドパーティについていく。雨の中、黙々と2時間半程度歩くとテートルース小屋が見えてきた。他パーティのガイドから小屋の手前のトラバースする箇所は凍っているからアイゼンをつけろとアドバイスされ、アイゼン装着。無事テートルース小屋に到着した。小屋内の準備スペースは、雨で濡れた靴やアイゼン、ストック、ハードシェルなどが散乱しており、水と泥で散々な状態であった。全く乾く気配もなさそうだったが、仕方なく空きスペースを強引に作り、自分の濡れたギアを置き小屋の中に入る。小屋内は、テートルース小屋に宿泊するパーティだけでなく、グーテ小屋に宿泊するパーティも好天を見計らって多数待機していた。しかし、天気が良くなる見込みがなかったため、多くのパーティがガイド判断で撤退していった。私たちはグーテ小屋が予約できず仕方なくテートルース小屋を予約したが、結果的にそれが吉と出た格好となった。
コース料理はチーズからスタートする  夕食はコース料理となっており、次から次に運ばれてくる。チーズやスープ、ウインナー、最後はデザートまで出てくる。途中、ぎっしり中身が詰まった味のしないスポンジケーキのような料理が出てきて食べるのが辛かったが、それ以外は美味しくいただいた。夕食後、翌日に備えて20時頃には就寝。

【8月8日】
宇宙船みたいな新グーテ小屋  0時起床。1時15分テートルース小屋出発。数パーティ先行組がいて、その後に続いて歩き出す。すると、30分くらい歩いたところで、Kちゃんが突如リタイア宣言。グランクーロワールと呼ばれる魔の落石地帯を通りたくないということで、早めのリタイアの申し出であった。ここからテートルース小屋までなら一人でも戻れるだろうとの判断で、ここでKちゃんと別れて3人となる。
 出発から1時間ほど経った時点で、上から「この道は間違っているぞ~!」との声が聞こえてきた。確かに道がガレて悪いし、グランクーロワールに全然着かないとは思っていた...。何も考えずに他人についていったことを反省した。引き返して正しい道を進むと、しばらくしてグランクーロワールにたどり着いた。夜中なので気温が低く、落石の心配は少ないため、急がずに慎重に渡る。渡り終わると、パイヨ岩稜と呼ばれるⅡ級の岩登りが続くゾーンとなる。昨日の悪天により雪がはりついていることが心配されたが、雪はほとんどついておらず、ただただ楽しい岩登りであった。1時間半くらい登ったところで、旧グーテ小屋に到着。ここでアイゼンを装着し、少し歩いたところにある新グーテ小屋でトイレ休憩をする。
Dome du Gouterに続く灯り  軽量化のために、テートルース小屋から持ってくる水は最低限の量として、グーテ小屋で水を補給する計画としていたため、受付を探す。小屋内をウロウロすると受付につながるドアを見つけたが、閉まっていて中に入れない。よく見ると、受付のOPENが2:00~2:45,7:00~となっていた。現在の時刻は5:00。受付がOPENするまで2時間も待っていると登頂はほぼ不可能だ。こうなったら水を作るしかない。ザックから共同装備を取り出して水をつくる準備をする。しかし、ガスが見つからない。リタイアしたKちゃんから共同装備のガスを受け取るのを忘れていたのだ。完全に詰んでしまった...2週間も会社を休んでフランスまではるばるやって来たのに、一体何をやっているんだ...水が尽きてグーテ小屋敗退なんて会社の人にも三峰でも報告できない...と、途方に暮れていたそのとき、中途半端に水の入ったペットボトルがそこら中に放置されていることに気がついた。グーテ小屋出発組が水筒に入りきらない水を小屋に残置していたのだ。Tさんと目が合い、「これは...、やっちゃっていいよね?」とお互い責任をなすりつけ合いながら、水を勝手に自分たちの水筒に注ぐ。こうして、私たち3人は息を吹き返して再び出発した。しかし、この水騒動で時間を使ってしまったせいで、パイヨ岩稜が終わった段階ではテートルース小屋出発パーティの先頭だったのが、この時点であっという間に最後尾となってしまった。
 グーテ小屋を出て、まずはDome du Gouterと呼ばれる丘を目指して歩き出す。Dome du Gouterを登っている途中で空が白み始め、朝日が昇ってきた。朝日が雪に反射しているのが本当にきれいで、諦めないでここまで来てよかったと、勝手に水を補給したことを正当化しながらしみじみ思った。
頂上でホッと一息  グーテ小屋の時点で、既に富士山の標高を超えているのだが、Aくんの調子が非常に良さそうだ。富士山とAiguille du Midiでは高山病になっていたのだが、今日は俄然元気である。それに引き換え、私は4,000mを超えたあたりでヘロヘロである。Aくんが他のパーティを追い抜いてどんどん先に進んでいくがそれに全くついていけない。すると、見かねたAくんが引き返してきて、荷物を分担してくれるという。自分の力で登頂したいという思いはあったが、私が遅れることで2人を巻き添えにして登頂できないのは申し訳ないとさっさと思考を切り替え、AくんとTさんに荷物を分担してもらった。
 2人のおかげで軽量化されて多少のスピードアップができ、ヴァロ避難小屋に到着。ここからは風が強くなり、また、ナイフリッジが出てくるので、Aくん、私、Tさんの順番でアンザイレンしてコンティニュアスで歩く。クレバスが所々現れるが、視界は良好なので、気を付けていれば、危険ではない。一番の問題は息苦しさで、4,500mを超えてからは呼吸がとても辛くなってくる。休憩が増えて登るスピードは遅くなる一方で、なかなか頂上に近づかない。登頂して下りてくる人たちはやり切ったいい表情をしており、すれ違うたびに、私も早くそっち側の人間になりたいと思った。そんな雑念にとらわれながら登っていると、下りてきた外国人女性から「10 minutes!」と声をかけられた。あと10分だけなら...と、女性の言葉を信じて10分歩いたら本当に周囲より一番高いところが見えてきた。
 11:15無事登頂!
パイヨ岩稜を慎重に下る  3人でハイタッチし、近くにいた外国人パーティともとお互い称えあってハイタッチした。頂上からみるヨーロッパアルプスの景色は日本のそれとは異なっており、達成感がよりこみ上げてきた。4年前に怪我をしてから、なんとかここまで辿り着いたなぁと一人で感傷に浸る。そして一緒に登ってくれた仲間に心から感謝した。しばらくこの心地よい余韻に浸っていたかったが、風が強く、寒く、何より息苦しかったため、補給と簡単な記念撮影をして、5分程度の滞在で下山した。
 ヴァロ避難小屋をすぎたらアンザイレンを外す。ロープをずっと持ってくれていたAくんがだいぶ疲れており、帰りはTさんがロープを持つことになった。ガイドレス登山のはずが、蓋を開けてみると私1人に2人の専属ガイドがついたかような超VIP登山となってしまった。
 ここからは、適宜休憩しながら各自のペースでグーテ小屋まで歩く。グーテ小屋に到着すると、ハーネスとアイゼンを外してしばし休憩。5ユーロのジュースで栄養補給して元気が出てきたところで、テートルース小屋に向けて出発する。パイヨ岩稜を下り終わると、最後にして一番の核心、恐怖のグランクーロワールのトラバースである。行きとは違い、帰りは気温が上がり雪が解けているため、落石が本当にひどい。今年はヨーロッパに熱波がきている影響なのか、事前に見てきた落石の動画よりもはるかに状況が悪かった。人間の胴体よりも大きな岩がピンポン玉のように跳ねながら次々と落ちてきている。しかも、跳ねる度に落ちる方向が変わるので、最終的にどこに落ちてくるかは予測不可能である。渡りだすタイミングが難しかったが、向こう側に渡り終わったフランス人のおじさんが「今だ!」と合図をくれて標高3,200mでの決死の猛ダッシュ。命からがら何とか渡りきり、テートルース小屋に戻ってきた。時刻は19:15で、出発してから実に18時間も経っていた。お世話になったAくんにモンブランビールをごちそうして登頂祝いの乾杯をした。

チーズフォンデュに舌鼓を打つ

【下山後】
賑わっているGaillandsの岩場  下山後、Kちゃんは一足先に帰国し、会社の同僚3人での生活となった。残りの時間は朝市に行ったり、チーズフォンデュを作ってみたり、ハイキングやクライミングをして楽しんだ。Gaillandsという岩場がシャモニー中心部からバスで15分ほどの場所にある。易しいルートが多いゲレンデで、老若男女問わず賑わっていた。ここでは、体験で来ている人がリードしたり、大人が登っているのを小学校低学年くらいの子供がビレイをしたりと驚愕の光景を目にした。また、トップロープ用の支点構築もしないし、日本とのクライミング文化の違いを感じた。リードのワールドカップ開催地のシャモニーだからかもしれないが、日本よりもクライミングに対する敷居が低く、誰でも楽しめるアクティビティとして世間に広く受け入れられているようだ。私も、簡単なルートをいくつかリードでトライした。途中怖くなって降ろしてもらいたかったが、ビレイヤーのTさんがそれを許してくれず、岩の途中で15分くらいモジモジしながらも何とか登りきれて満足であった。
 こうして2週間のシャモニー滞在を存分に満喫して日本に帰国した。今回は、準備不足、道間違え、水が尽きる、共同装備の受け取り忘れ、といった登山における超基本的な失敗の連続であったが、仲間のおかげで無事登頂できて大満足であった。日本の山はもちろん大好きだけれど、数年に一度は海外登山をするのも刺激的でとても楽しいと実感した。せっかく三峰に入会したので、機会があれば三峰のメンバーとも是非一緒に行ってみたいと思う。

〈コースタイム〉
テートルース小屋:Refuge de Tete Rousse(1:15) → グーテ小屋:Refuge du Gouter(4:50~5:20) → ヴァロ避難小屋:Refuge Bivouac Vallot(9:18) → Mont Blanc(11:15) → テートルース小屋:Refuge de Tete Rousse(19:15)

 以下、シャモニーに行かれる方に向けた参考のための備忘録です。

【モンブラン】
 グーテルートの場合は、落石は怖いが、技術的に難しい箇所はない。核心は小屋の予約。むしろ、高所順応で行ったAiguille du Midiの急斜面を降りるところが一番怖かった。

【シャモニー情報】
 町の中心部にあるツーリストインフォメーションでは、日本人女性のヒカルさんが対応してくれるので英語ができなくても安心である。ヒカルさんは週2日、夕方のみの出勤なので注意。
 また、「Chamonix」というシャモニー公式アプリがあるので、出発前にインストールすることをお勧めする。天気予報や交通機関の時刻表などが集約されている。

【保険】
 以前は、シャモニーガイド組合の事務所から保険に加入できたらしいが、事故が多く保険が成り立たなくなったため、今は廃止されているとのこと。そこで、通常の海外旅行保険に山岳登攀やクライミングが含まれているものを事前に申し込んだ。旅行期間の15日間全てにかかるため、21,950円と結構な金額となった。ちなみに、保険上では、ピッケルやアイゼンを使用する山岳登攀もフリークライミングも同列に扱われること、6,000m以上となる場合はさらに上級の保険となることを知った。また、今回保険に入るにあたって、4年前にクライミング中に怪我をして保険を使ったことが気がかりだったが、申し込んだ保険では3年経ったら事故歴はナシと扱われていた。

【食事】
 シャモニーはスイスに近いため、ラクレットやチーズフォンデュなどチーズを使った料理が名物である。ほぼ毎日、チーズ、生ハム、バゲット、ワインの4点セットであった。Tさんは下戸なので、Aくんと私の2人で毎晩(毎食?)飲み続けた。ある晩、酔っぱらったAくんが赤ワインを宿の床にこぼして、カーペットにシミを作ってしまった。そのため、この日以降は、この教訓を生かして白ワインに切り替えた。
 節約するために自炊もした。食料は「Super U」や「Casino」といったスーパーや土曜の朝に開催されるマルシェで調達できる。マルシェで肉を買ったらミニマムサイズが1kgだったため、消費するのが大変だった。

【買い物】
 シャモニーはアウトドア好きには堪らない買い物天国である。街の中心部にある「snell sports」が有名であるが、Aiguille du Midiのロープウェイ乗り場近くの「TEQUNIQUE EXTREME」が安くて穴場であった。
 価格は、ヨーロッパブランドの商品だと日本で売られているよりも2割程度安い。免税できると、さらに1割程度安くなるイメージである。免税できると目論んで、クライミング道具を中心に大人買いをしたが、後述するように免税に失敗してしまい、お得感が半減してしまった。

【免税手続き】
 フランスで買い物をして免税手続きする人は、出発する空港を他のEU国内の空港かジュネーブ空港を選択すべきである。私は鉄道で国境を越えてチューリッヒ空港に行ったが、フランスで買った物の免税手続きができず、1万円以上返ってこなかった(西村さんに頼まれて買ったカムも免税できませんでした。スミマセン!)。フランス国鉄の職員にフランスとスイスの国境駅で降りろと言われ下車したが、職員もおらず何もない駅だった。そこで、駅から数分歩いて道路の国境まで行って職員に聞いたが、スイスからフランスに持ち出す用の用紙はあったが、逆の用紙はなかった。仕方なく駅まで戻ると、車掌が現れたので聞いてみたが、手続きはできないという。チューリッヒ空港でも当然できない。ネット情報では陸路でチューリッヒに行っても免税できると書かれているものもあるが、まずできない。
 シャモニーで買い物をする場合は、おとなしく、ジュネーブ空港を利用するのが正解である。航空券代をケチって帰国時にチューリッヒ空港を使うと結局損をするので要注意。


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