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縦走・熊野古道 大峯奥駈道
さとうあきら

山行日 2019年5月28日~6月2日
メンバー (L)佐藤(明)

 近年、世界文化遺産に登録された「紀伊山地の霊場と参詣道」。その中でも最も厳しい参詣道とされる大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)は奈良の吉野から熊野本宮へと続く修験者の修行場として開かれた道である。
 山深い大峰山脈を南北に縦断する総延長約100kmの修行の道はコースタイムから計算すると毎日しっかり歩いて6日間の山行となる。定年退職してからは長い山行も時間的には可能になった半面、何十年もこのような長期で歩いたことはない。体力的な不安があったが、荷物の軽量化に努め、ベストの季節に単独でトライしてみることにした。

大峯奥駈道の地図

【5月28日(火)】終日雨
 (行動 7時間、14.4km)
吉野駅を出発  新宿からの夜行バスは快適で、朝6時過ぎに奈良県の天理駅に到着した。そこから電車を2回乗り換え、出発地となる吉野駅に8時過ぎに到着した。
 あいにくの雨降りが迎えてくれたが、他には登山者はいない。カッパを着て出発するものの、吉野山駅へのケーブルカーは運休中だ。幸い代行バスが客待ちをしていたため乗車可能かを聞いてみると大丈夫とのこと。運行予定時刻ではなかったものの、客一人ですぐに出発してくれた。それどころか吉野山駅でもその先へのバスが待っており、乗り換えるとすぐに出発し登山口となる奥千本口まで乗せてもらう。おかげで約2時間を覚悟していた車道歩きが不要になりありがたかった。
 9時過ぎに奥千本口からいよいよ奥駈道に入る。遊歩道のような歩きやすい道が続くが、あいにくの雨で視界は効かない。しかし濃いガスに覆われた杉林は静寂で、早くも深山の雰囲気が気持ちを高揚させる。
 女人結界の五番関には木の門が建てられてあり、信仰者の声を尊重して欲しい旨の大きな看板も置かれている。その通りだと思う反面、世界遺産は信仰者であれ、訪問者であれ、誰にも平等であり、時代の流れを拒否し続けても良いものかとも感じた。
五番関の女人結界門  その後も時折強くなる雨の中を黙々と歩く。途中、大岩壁の上から身を乗り出して祈りをささげる西ノ覗(のぞき)へも立ち寄るが、ガスで展望も高度感も感じられず残念。
 今宵の宿、山上ヶ岳手前の宿坊龍泉寺には4時過ぎに到着した。付近には大規模な宿坊が立ち並ぶが、オフシーズンの平日に営業していたのはこの1軒のみ。出された食事は精進食のとても質素なものだったが、風呂があり、冷え切った体にはとてもありがたかった。宿坊ではお清めの意味合いもあり風呂は必須なのかも知れない。なお宿泊の場合は予約必須である。またこの宿で横浜の「みろく山岳会」の坂本氏、長島氏の2人組と一緒になり、以後は連夜同宿となった。
宿坊の夕食は驚くほど質素だ

【5月29日(水)】くもり
 (行動 10時間、16.5km)
 5時に朝食。みそ汁と漬け物のみの、またしても質素な食事だが、幸いご飯はうまい。
 5:45出発。直ぐ上にある大峰寺をお参りしたところ白装束の行者も祈りをささげている。夜通し登ってきたのだろう。さすがに信仰の山を実感する。
 山上ヶ岳頂上を踏むもののガスの中で何も見えない。40分ほど歩いた小笹ノ宿の先から倒木帯となり、赤布は所々にあるもののルートが分かりにくい。全行程中、この付近の整備状況が最も悪かった。おおむね北奥駈道は倒木が多い。大台ヶ原と同様の地質なためか立ち枯れの樹木も多い。
 この奥駈道には75か所の靡(なびき)と呼ばれる行場(霊場)がある。神仏が宿る岩や峰、大木や滝などが靡になるそうで、途中この場所で祈りをささげている修験者を何度も見かけた。
 道中の悪場とされる大普賢岳付近はクサリ場も多くあるが、岩に突起が多くそう難しさは感じないままの通過となった。

靡(なびき)の霊場には行者札が (第43靡 仏生ヶ岳)行者還小屋は大きくキレイだ

弥山の苔は美しい  昼前に行者還小屋着。この無人小屋は立派なもので2部屋もある。キレイで泊まりたくなるが、有人で食事つきの弥山小屋まで頑張った。なお弥山小屋の東側の国見八方覗は展望良好で、今日出発した山上ヶ岳もはるかに見える。また、その手前の広場の苔むした感じが美しい。小屋の夕食は質素なハンバーグ定食だったが、提供されただけでもありがたかった。

【5月30日(木)】快晴
 (行動 7時間、10.6km)
ひっそりと佇む深仙ノ宿  5:50朝食、6時半出発。30分ほど歩いた日本百名山の八経ヶ岳(1,915m)は奥駈道の最高峰でもある。頂上には樹木はなく展望良好だ。やっと晴れたこともあり遠方まで見渡せるが、ぐるり一周、山しか見えない。しっかり深山の中に入ったという雰囲気満点だ。
 9時半、楊子ヶ宿小屋を通過。大きな小屋だ。12時半に釈迦ヶ岳到着。登山者が急にここだけには多くなった。ひさびさの晴れに加え、前鬼から日帰りで登ってくるのも容易なためらしい。
 午後1時過ぎに深仙ノ宿に到着。今日の行動時間はこの奥駈道では最少。早く着いたので下着を洗い、日なたでチビチビやりながら体を休めた。
 なおこの深仙ノ宿は定員たった4名の無人小屋である。あぶれた人はすぐそばのお堂である灌頂堂にも5名程度宿泊可能だろう。また途中の水場、鳥の水は涸れていたが、近くの香精水の水場は本当にチョロチョロだったが水を採ることが出来た。

【5月31日(金)】晴れ
 (行動 9時間、16.4km)
ここより後半の南奥駈道に入る  本日で縦走4日目。4:20出発。いよいよ後半戦となり南奥駈道に入る。
 ここからの道は地元山岳会(新宮山彦グループ)が整備してくれているためか分かりやすく歩きやすい。また無人小屋も水がくみ置きしてあったり、ソーラー設備による照明やスマホ充電が出来たりと本当にありがたい。

無人小屋だが照明も充電も可だ美しい林の道が続く

赤い木肌のヒメシャラが陽を浴びて輝く  4時間ほどで涅槃岳を通過し、9:50持経ノ宿、10:40平治ノ宿、そして13:30今宵の宿である行仙宿に到着となった。広く快適な無人小屋で、囲炉裏もあるし照明も利用可能だ。使用料2,000円と電気代100円を料金箱に投入し利用させてもらう。
 なお水場は急な階段を120mも下った先。疲れて到着してからの水くみは大変だったが、こちらは水量豊富で、体も洗えてリフレッシュできた。また途中、木肌が赤いヒメシャラの林があり美しかった。

【6月1日(土)】晴れ
 (行動 9.5時間、16.4km)
玉置神社に到着  アルファ米を食べて5時出発。笠捨山へは気持ちの良い低山歩きの山容が続く。そして地蔵岳の通過。こちらはクサリ場が多く疲れるが難しくはない。香精山を過ぎてからは林道と交わるようになり、深山から観光地的な雰囲気になってきた。奥駈道の標識を追いながら玉置山(たまきやま)展望台へ着くと観光客がマイカーで来ている。残念ながらカスミのため大展望は楽しめなかった。
 その後は玉置山頂上へは向かわずに舗装道路をテクテク歩き玉置山駐車場の売店へ。実は昨夜で持参のお酒を全て飲み切ってしまい、ここで補給する必要があったのだ。まずは缶ビール2本をグビグビ。そして今晩用にと徳利で注文した日本酒をそのまま水筒に入れて玉置山へと向かった。
 山体自身を第10靡として崇められる玉置山頂上は樹木が生い茂り展望に欠ける。一方、修験道の聖地とされる玉置神社は境内に巨石や多くの摂社が鎮座し、確かに世界文化遺産の中核としてふさわしい風格と威厳を感じさせるところだった。
 今回一夜を乞いた玉置山神社の宿坊は2週間前までの宿泊予約が必須で、また当日は午後4時までに到着する必要がある。温かい食事の提供はないが、代わりにカップラーメンとカロリーメイトを頂戴した。また風呂にも入れてもらい生き返るようだった。

【6月2日(日)】くもりから雨
 (行動 9.5時間、18.2km)
大斎原の大鳥居が見えた  いよいよ最終日の6日目。太い杉林が続く荘厳な玉置山神社参道を下り大森山へ。道は明瞭で迷う場所はない。山在峠辺りから道路と交わるようになり、その少し先の林道路肩でラーメンを作り大休止とする。今日で下山だと思うとのんびりムードとなる。
 七越峰手前からは熊野本宮旧社地である大斎原(おおゆのはら)の大鳥居が眼下に見えいよいよゴールが近いことを実感する。
熊野川を渡渉すればゴール目前だ  熊野川の右岸に鎮座する熊野本宮大社へは熊野川にかかる橋を渡っても行けるが、自分は古に従い川を渡渉することにしていた。当初、渡渉点は道が川岸にぶつかった上流側にあるのではとアチコチ探していたが深くてどこも渡れない。150mほど下流側へ行くと徐々に浅くなり、川幅20m位のところをビーチサンダルに履き替えて渡渉した。幸い水位はひざ下位だったが、さんざん迷ったため、これに1時間弱もかかってしまった。その後大斎原の大鳥居をくぐり、3時過ぎに雨の熊野本宮に無事に到着し、やっと結願となった。
 今宵の宿は川湯温泉の大村屋さん。予約していたためスムーズにピックアップしてもらい、その夜は連夜ご一緒させていただいた「みろく会」のご両人と大宴会となった。
 結局6日間の総歩行距離はGPSアプリのGeographicaのログによると93km、累積登行高度は7,930mだった。

【6月3日(月)】晴れ
 午前中は川湯温泉の河原に湧く温泉巡りをして、午後にバスで新宮に移動して熊野速玉神社などを観光し、夜行バスで帰京した。

川湯温泉の快適露天風呂
〈コースタイム〉
【5月28日 奥千本口発(9:11) → 五番関(13:50) → 宿坊 龍泉寺泊(16:15)
【5月29日】 出発(5:45) → 山上ヶ岳(6:00) → 行者還小屋(11:40) → 弥山小屋泊(15:30)
【5月30日】 出発(6:30) → 八経ヶ岳(7:00)~釈迦ヶ岳(12:30) → 深仙ノ宿泊(13:10)
【5月31日】 出発(4:20) → 涅槃岳(8:15) → 行仙宿泊(13:30)
【6月1日】 出発(5:00) → 地蔵岳(7:40) → 玉置山展望台(12:10) → 玉置山(14:15) → 玉置山神社宿坊泊(14:30)
【6月2日】 出発(5:40) → 山在峠(11:00) → 熊野川渡渉点(13:50) → 熊野本宮大社着(15:15)

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