トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ363号目次

沢登り・黒部川上ノ廊下
小芝 泰規

山行日 2020年8月9日~13日
メンバー (L)小芝(泰)、古屋、西村

【8月9日】
平ノ渡場 不安を胸に奥黒部ヒュッテに向かう  昨夜は23:15新宿発のバスに乗り、5時半過ぎに小雨が降る扇沢に到着した。昨夜のうちに到着していた東沢に向かう荻原隊は仮眠を終えてパッキングをしていたが、前夜祭からだいぶ盛り上がったようだ。みんなで7時半の電気バスに乗り込み黒部ダムについたときには雨は上がっていた。身支度を整えて8時過ぎに出発する。ここから平ノ渡まではコースタイムで4時間弱。12時の平ノ渡舟より少し早く着いたので平ノ小屋で休憩していると、若い気さくな小屋番が上ノ廊下の状況を教えてくれた。それによると、今年はまだダムの水位が異常に高く、熊ノ沢出合の渡渉もできないだろうとのこと。のっけから悲観的な情報の連打を喰らいメンバーのテンションが下がる一方だったが、北海道から遠征して来たという、見るからに強そうな2人組が同じように休憩しており、どうやら自分たちとほぼ同じ行程で上ノ廊下を遡行するという。何とかなるかもしれない!他力本願的な妄想に力をもらう。
極上のテン場 上ノ廊下やめて連泊しようか・・・  14時に奥黒部ヒュッテに着き、登山計画書を提出した。状況を聞くと、平水よりは多いが全然ダメではない、昨日から3パーティ入渓したが、まだ誰も戻ってきていないとのこと。なんだか行けそうな気がする!みんなのテンションも一気に盛り返した。東沢の下降は奥黒部ヒュッテから橋を戻り、左岸のブッシュを下降して適当なところから右岸にスクラム渡渉した。腰上くらいの水量だった。黒部川に入渓し、広河原を400mほど進んだ右岸にリゾート感漂うプライベートビーチのようなテン場を見つけた。
 テン場の前はインゼルが本流を割り、イワナが好みそうな水流がサラサラと流れている。今回は全員テンカラだったが、1時間ほどで尺越えのイワナやニジマスが釣れ、初日から山の恵みにあずかることが出来た。

大漁!きれいなニジマスも釣れました

【8月10日】
突き出た岩から思い切って飛び込む  5時出発。曇り。南の海上で台風が発生しているが、朝鮮半島にそれてくれそうだ。今日は難所を越える最初のチェックポイントがあり、山行の成否に大きく影響するので朝から少々緊張している。河原を1時間ほど歩くと昨日会った強そうな2人組のテン場に追いつき、コーヒーを飲む彼らに軽く会釈をして通り過ぎた。その後しばらくして、焚火を囲んでのんびりしているいかにも沢屋っぽい3人組のパーティに会った。昨日、下ノ黒ビンガの淵を突破できず敗退を決めたので、のんびりしているという。昨日入渓したパーティだ。ここで会ったか・・・。もっと先まで進んでいてほしかった。しかし、残り2パーティは突破して先に進んだというので気を取り直して先に進む。
 下ノ黒ビンガは立派な岩壁で、手前に流れの強そうな淵があるので一目でわかった。右岸からへつりで進むと飛び込み台のように張り出した岩があり、その上から流心先めがけて飛び込み、左岸に泳ぎ渡る。ここはふるふるが思い切りのよい飛び込みで突破してくれた。
高巻きポイント  ここからはスクラム渡渉と飛び込みを使い分けながら進んでいくと、3人組のパーティに追いついた。このパーティは我らのメンバーの知り合いで、前日のダムの水位情報などを送ってくれていた。沢経験が豊富そうなリーダーと若い屈強そうなメンバーで構成された、いかにも頼もしそうなパーティだったが、昨日から渡渉にかなり苦労したらしく、明日の天候が不安定なこともあり敗退を決めたという。話を聞くと、昨日は今日より10cmほど水位が高かったようだ。今日も胸下の水位で体が浮くのを何とかこらえながら渡渉した場所があり、今より10cm水位が上がったら難易度はぐっと上がるだろうと思った。
 8時前に口元ノタル沢出合に着いた。ゴルジュのずっと先に目をやると、白波を立てて轟々と流れ落ちる段差が見える。あそこか。水量が多く、難所に近づくのも時間がかかりそうだと思いながら弱点を探っていると、ゴルジュの奥の方から若い3人組のパーティが下ってきた。向こうは右岸でこちらは左岸だったが、軽く会釈をすると「泳いだけど」「ダメ」というジェスチャーを送ってきた。もともとの計画か転進かはわからないが、これから薬師見平に行くというのでお互いに健闘を祈って別れた。難所まで近づくのも大変そうなので巻きを選択する。ここは左岸と右岸の両方から巻けるが、2015年の荻原隊の記録を参考に左岸からのルートを選択した。左岸の岩壁は下部と上部に分かれていて、その間がブッシュのバンドになっているので、そこをトラバースして進む。バンドへの登りは、口元ノタル沢向いのルンゼから20mほど上流の岩棚に登り、高さ3mほどのやや凹角になった草付きを左上ぎみに上がる。
トラバース ここを越えたら沢はすぐそこ  落ちればタダでは済まなそうだが、支点が見当たらなかったのでハーケンを1枚打った。上がってすぐに細い幹が3~4本生えた灌木があるので、ここで支点を取るとよい。灌木を越えてバンドに上がるとフキのような弱々しい草ばかりで支点をとれない。最初はこの巻道で合っているか不安になり、確認のために1時間ほどロスをしたが、それを含めても2時間40分ほどの巻きで、右岸の3時間という記録より早かった。懸垂はないが、巻きの終盤で4m程度のいやらしいトラバースがある。腐った残置スリングがあるがとても使う気にはなれないので、長めの捨て縄があるとよいと思う。
 広河原までは飛び込みや渡渉がある。このころにはスクラム渡渉が感覚的にも身についてきて、そこそこの水圧でもグイグイ進めるようになった。広河原では気持ちよく日差しを浴びながらの歩きになった。今回は上がランニングで下半身がくるぶしまであるウェットスーツにファイントラックの長袖を着て行ったので、河原歩きは暑いだろうと思っていたが、体が冷えていたのか気にならなかった。
 上ノ黒ビンガ手前からのゴルジュはとても開けたゴルジュで、両岸が河原状になったところが多く、泳ぎや渡渉はあるものの、逃げ場のないゴルジュの突破という感じではなく河原歩きに近い印象だった。

上ノ黒ビンガのゴルジュ 険悪な雰囲気ではない台地の幕場から金作谷を望む

 かつてのクライマーが登ったという岩壁にぶら下がったスリングに驚嘆し、途中に無名だがきれいな滝がいくつもあり癒された。最も心配していた難所を越えることができて気持ちが緩んだのか、疲れがどっと出てきた。幕場はまだかと話しながら進んでいると、金作谷出合が巨大な押し出しとなって姿を現した。右岸の大地にちょうどタープ1つ分の大きさで整地不要の玉砂利地帯となった場所があり、そこを今日の宿とした。
 結局2人組のパーティは到着しなかった。たとえ屈強でも2人だけの渡渉はきつかったと思う。
 夜中に息苦しくて目を覚ますと、タープの支柱が倒れて顔までタープが覆っていた。風が強く吹いていてバタバタと音を立ててはいたが、支柱の固定が甘かったのかもしれない。起床の3時まで2時間ほどしかなかったので、足元に除けてそのまま横になった。山並みが真っ黒な影となってゆったりとしたスカイラインを描いている。夜空を眺めていると流れ星がいくつも飛んでいた。

【8月11日】
 5時出発。曇り。ここまで来てスゴ淵で敗退するパーティも多いらしいので、まだ気が抜けない。ここはキャニオニングの川下りもされているようなので、敗退するならぷかぷかと浮きながらのんびり川下りをすればよいだろうと高を括っていたが、とてもそんな感じではない。滝つぼは無いので引き込まれることはないが、大きな石がゴロゴロする落ち込みでは急流の下でゴウゴウと白波をたてている。水流に身を預けるなんて怖すぎて出来ない。
んー、右か、左か  金作谷先の淵では水量は昨日よりも減っている印象だが、ところどころ雪渓が残っているせいか、水温が低かった。白波が立つような場所は少ないが、狭まったゴルジュを静かに流れる水は重く深かった。水線突破は無理なのでヘツリを多用して前に進んだ。右岸か左岸か、メンバーと検討するのも楽しい。このころになると皆感覚が研ぎ澄まされてきて、様々な要素を個々に判断して「ここだよね」「そうだね」で進むラインがすぐに決まり、遡行のリズムが出来てきた。
 朝一から首まで浸かるヘツリを繰り返す。途中数mクライミングをするようなヘツリもあるが、落ちても大丈夫。流されても危険はないので思い切って行けて楽しかった。
 3人ともガタガタ震えながら顔は笑っている。ゴルジュを越えると暫くスクラム渡渉と歩きとになり、日差しを受けて歩くのが気持ちよかった。
 岩苔小谷出合からは最後の難所だ。ここはゴルジュだが水流が早く白波もたっている。

失敗しても大丈夫!無事にたどり着いておくれ

右のバンドを進む  飛び込みで越える場所もあったが、核心の水線突破は無理そうなので、左岸の岩棚から巻いた。外傾した細いバンドでちょっといやらしい。
 そろそろあれが出てくるぞ!3人で注意しながら進むと写真で見覚えのある屹立した大岩が現れた。ここまで来ればもう難所はない。早くも達成感が込み上げてきたが、同時にさみしい気持ちもした。この後は適当に進んで幕場を探すだけなので、大休止を取って釣り糸を垂らす。良さそうな流れに毛ばりを落とすと、早速生きの良いイワナが食いついてきた。来た!と上げると竿が根元から折れた。慌てて中間部を掴んで釣り上げようとするとまた折れた。竿が折れるほどの大物がかかったのなら嬉しいかもしれないが、恐らくザック渡渉の繰り返しで竿にヒビが入っていたのだろう。イワナには逃げられてしまったが、にっしーが沢釣り初釣果にして仇を討ってくれ、大いに盛り上がった。
記念すべき初釣果!いい笑顔ですよ  本日の幕場はE沢から700mほど下流に適当な河原があったので、そこに決めた。タープを張り終わってみんなで薪を切っていると、パックラフトの一団が下降してきた。今日は立石奇岩まで行き明日に黒部ダムまで下るらしいが、想定より水量があって思うように進めないという。どうやら、水量のある落ち込みは岩に激突する恐れがあるので担ぎ下りなければならないらしい。
 連日、睡眠不足だったので皆でたっぷりと昼寝をしてから2人は釣りに行った。私は竿が折れてしまってすることもないので、晩飯の準備でもしようと昨年の双六谷で好評だったグリーンカレーを仕込み始めた。といっても具材を煮たらチューブに入ったペーストを絞り入れるだけの代物で、失敗しようがないはずだった。しかし、極限までペーストを絞り入れようというせこい考えが災いし、力んだ拍子にチューブが手からこぼれ落ちた。それが煮立った鍋に入り、あわあわしている間にグツグツと煮込まれていく。味見をするとケミカルな風味がある。2人に味見をしてもらう。ふるふるは、まあ大丈夫。にっしーはギリ行けると言うが、腹を壊しても面白くないので泣く泣く捨てた。晩飯は塩にぎりかと諦めていたが、ふるふるが型の良いイワナを2匹釣り上げてくれて、イワナのムニエル丼を食べることができた。夜からは雨が降ったが岩壁から張り出した木の枝のおかげで、濡れることなく焚火をした。

【8月12日】
いるんだけどなぁ  5時出発。雨。疲れが溜まっているのか体が重いが、ここからは河原歩きなのでペースは上がる。ほどなくE沢出合に到着。水中眼鏡でイワナを確認するも、竿を出しても食いついて来ない。
 滝を順番に確認しながら歩くと、すぐに登山道があるB沢出合に着いた。A沢からは薬師沢小屋まで釣り上がったが、活性が低くほとんど釣れなかった。
 小屋には9時に到着。今年初のパーティとのことで、色々と様子を聞かれた。そのまま赤木沢に行く予定だったが、雨が降っているのと、上ノ廊下で満たされた気持ちになっていたので、今回の沢旅はここまでとしてお互いの健闘を称え合い、太郎平小屋に向かった。

無事にたどり着きました

 今回は力のある最高のメンバーのお蔭で達成することができました。2人には本当に感謝しています。また、どこか行きましょう!

〈メンバーより〉
 今年のお盆はどうしようかな?と漠然と考えていたところに、小芝リーダーからの嬉しいお誘いが。
 上ノ廊下といえば、沢屋なら誰もが憧れるであろうビッグルートだ。メンバーも最強の頼れるお二人、これは行くしかないでしょう!
 今年は寡雪だったので楽勝かなと意気揚々と出発したものの、いざ行ってみるとどういうわけか水量が多く、平ノ小屋では「入渓するなんてもってのほか」という超悲観的なお言葉を頂きいっきに意気消沈。
 だが敗退して引き返してくるパーティと会い、先に進む度にテンションは上がっていく。いけるんじゃないの?  数え切れないほどの渡渉、飛び込み、泳ぎ、へツリを繰り返し、全身ずぶ濡れでガタガタと震えながら突破口を探っている時なんて最高!
 薬師沢小屋に着いた時にほっとし、今年初の遡行パーティと聞いた時、達成感と共に心の底から嬉しさが込み上げてきた。楽しかった!ありがとうございました! (古屋)

 上ノ廊下は「黒部源流」というロマン溢れる言葉の響きから、ミーハーな自分にとって憧れのルートの1つであった。とは言え自分は沢ヤよりは岩ヤに近く、ここ最近はフリーに傾倒していた事もあり憧れのままで終わると思っていたが、やる気満々の新委員長に声をかけてもらいチャレンジする幸運に恵まれた。まさに「多謝!」
 遡行においては泳ぎには多少の自信があったが、数えきれないほどの渡渉や水流突破などではクライミング仕様の身体では心もとない場面もあった。しかし強いCL(特にメンタルは半端ない)と経験豊富なSLと共に、苦労を経験した先で待っていた光景はガイド本の写真なんかでは到底伝わらない素敵なものであった。
 そして何より記しておきたいのは、テンカラ初の釣果がここ黒部であったこと!これら含めて、数多の山行のなかでも強く記憶に刻まれた1本になったと思う。(西村)

〈コースタイム〉
【8月9日】 黒部ダム(8:00) → 平ノ小屋/渡し(11:40~12:00) → 奥黒部ヒュッテ(14:00~15:30) → 広河原(幕)(16:30)
【8月10日】 幕場(5:00) → 下ノ黒ビンガ(6:10) → 口元のタル沢出合(7:50) → 口元のタル難所先(10:30) → スゴ沢出合(13:00) → 上ノ黒ビンガ(13:50) → 金作谷出合(幕)(15:00)
【8月11日】 幕場(5:00) → スゴ淵(11:00) → 立石奇岩(12:20) → E沢より700m下流の幕場(幕)(14:30)
【8月12日】 幕場(5:00) → B沢出合(6:50) → 薬師沢小屋(8:30)

トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ363号目次