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藪漕ぎ山行・白砂山~佐武流山
鈴木 一彦
及川 美里

山行日 2020年10月31日~11月3日
メンバー (L)鈴木(一)、青木、及川

 数年前から温めていたルート。この道、どうしても藪でやりたかった。メンバーみんなが挫けそうになった時があったと思うが、歩き終えた今、この3人で行けて良かったと心から思う。

【1日目】記録:及川
 例会の計画に「紅葉の時期を選んで奥深い森にどっぷりと浸かります」と書かれた苗場山縦走。文化の日に合わせて休みをとって4連休で紅葉山行なんて最高!と参加します表明をした時の課長こと鈴木さんのなんとも言えない表情が忘れられない。
 地図を見てコースをたどる。・・・実線どころか破線も無い。どうやら残雪期に合わせて歩かれているルートでそれ以外の時期は藪に覆われているらしい。これまでのどの山行よりも厳しいものになるだろうと、願掛けのつもりで1週間断酒して臨むことにした。
 当日の朝、始発で草津バスターミナルへ向かう。途中、長野原草津口駅で青木さんと、バスターミナルでは草津温泉で前泊し温泉を楽しんでいた課長と合流し、タクシーで野反湖へ出発。道中美しい紅葉に迎えられたが、これから向かう白砂山はもう紅葉は終わってしまっているようだ。登山口に着くと紅葉どころか、前日に降雪があったらしくうっすらと雪が積もっていた。
 ぐんま県境トレイルの事務局として現地の山岳会の方々が持ち回りで登山口に常駐されているようで、宣伝がてら群馬のゆるキャラ・ぐんまちゃんのハンカチを頂く。
 その方に今回のルートについて話すとやはり無雪期に歩いている人は殆どいないようで驚いている様子だった。
 私にとって今回の山行が藪も雪道も初めての経験だった。緊張しながら直前に装備に追加したチェーンスパイクを装着して11:00頃いざ出発。
 ゆるゆる進んで行くと、出発時間も遅かったので下山してくる登山者何人かとすれ違った。
 その中の一人が声をかけてきたので誰かの知り合いかと思ったら、なんと1ヶ月ほど前に白砂山へ下見山行していた課長と今回のルートについて話していたという群馬の山岳会の方で、課長がこのルートを計画しているのを覚えていてくれたらしい。
 「とうとうやるんですね、頑張って下さい!」とエールをもらい、私は心中「やはりとんでもないところに来てしまった・・・」と興奮なのか後悔なのかよく分からない複雑な感情を抱いた。
 1時間半程歩いて、堂岩の水場への分岐となる少し開けた場所に着く。ここから少し下った水場で3日分、1人2リットル+行動水を汲む。ここからは尾根沿いのルートの為、水場が無い。一気に重量が増したザックを背負い更にゆるゆると山頂へ向かう。
 水場から1時間弱歩くと急に景色のいい稜線に差し掛かった。眺望の良いルートだが前日の雪が溶けて足場が悪く、滑らないように注意して歩く。
 水の重さも相まって足取りも重くなる中、ピークと思って力を振り絞って登った先に更にピークがあるという苦行を何度も味わう。もうダメかもと心折れそうになった時、ようやく白砂山の山頂に到着した。
 360度の眺望と雲ひとつない夕景に、こんなテン場で張れるなんて最高だねと3人で笑顔を交しあった。頂上も前日までの雪で少しぬかるんでいたので、周りに生えていた笹の葉を引きちぎって簡易のグラウンドシートを作りテントを張った。その日は前夜祭的に少しお酒を楽しみ、美しい夕焼けと星空の下眠りについた。
 まさか翌日からあんな苦しい山行になろうとは、この時は誰も全く予想していなかったのである。

天空のテン場

【2日目】記録:鈴木
 3時頃起床した。あたりは、まだ真っ暗。テントから首を出すと星の瞬きが見えた。どうやら天気は良さそうだ。
 朝食を終え身支度を調えると、万感の思いがこみ上げる。路面の凍結に備えてチェーンスパイクを装着。肩に食い込むザックの重さを感じながら、まずは尾根取り付きを目指して山頂から東に進む。
 少し高度を落としたところでピンクテープを発見。日の出前でイマイチあたりの様子が分からなかったが、そろそろだろうという感じで笹藪に足を踏み入れた。
いざ笹藪へ  登山道から2、3歩進んだ所ですでに見回す限り笹、笹。ヘッデンに照らされる範囲全てが雪を被った笹の葉だ。何の確信もなく進んだが、どんどん高度が落ちていく。あきらかに尾根じゃない!慌てて斜面を登る方向を目指すと、あろうことか元の登山道に戻ってしまった。気を取り直して、もう少し東に進み、傾斜が緩んだあたりでもう一度、藪に突っ込む。また尾根を外している感覚はあったが、東方の空が白んで影絵のような木が見えた。まだ見上げる方に木が生えている。ということは、尾根線はそちら。ようやく進むべき方向が分かった。稜線に乗って行く手を見ると、これから進む山々が朝日に照らされている。まずはルートに乗れてほっとひと息ついたけど、出だしからこれでは・・・と急速に自信が失われていくのを感じた。
 振り返ると、藪の密度としてはこのあたりが最も薄かったと思う。まだ慣れていなかった我々は既にぶつぶつ文句を言いながら歩いていた。30分ほど進むと進路上を這松が塞ぐことが増えてきた。さらに行くと這松が完全に稜線を占拠しているところも。読図の難しそうな2,100m付近の分岐を目指すが、這松を避けようとして尾根を外してしまった。ヒヤヒヤのトラバースを抜けると問題の分岐に到着。時計を見て驚いた。ここまで1km弱の道のりに3時間かかっている!この時点で佐武流山までは抜けられないだろうと確信した。どこでビバークになるかは進軍速度次第。とにかく前に進むしかない。幸い、この後は赤樋山まで分岐はない。無心で藪を掻き分けて歩くことに集中する。基本的に登り基調の藪をいくつかの小ピークを越えながら進んでいくのだが、歩きにくさは新雪の雪山と大差ない。ガサガサ、ガサガサと笹を掻き分け、石楠花と這松の枝を押しのけながら進んでいく。途中、雪の上にはっきりとした熊の足跡を発見。状況から考えると、まだ新しいものだ。ここからは3人で絶えずホイッスルと「モートー」でこちらの存在をアピールし続けた。あまりにも人跡がなく、ここが彼らの世界で、我々は場違いな場所にいるのだと心細くなる。こうなると、どの茂みにも熊がいるように思えてきてしまう。
 赤樋山までの道は概ね危険箇所はなかった。ルーファイもそれほど困難ではない。13時過ぎに赤樋山に到着し、少し長めの休憩を取りながら、これなら何とか抜けられるかもと内心思っていたが、西に向きを変えて再スタートして早々、そんな希望は木っ端微塵に打ち砕かれた。
 ピークから5分ほど下ったところで目を疑うような根曲り竹の森に突っ込んだ。前後左右、全く分からない。方向感覚も無い。ただ歩ける方に進むだけ。ほんの2mほど離れただけで、互いがどこにいるか分からなくなる。モートーで呼び合いながら音で位置を推測する。そうこうするうち、どうも様子がおかしくなってきた。コンパスはズレているし、こんなに下がるはずはない。GPSで確認すると、谷に向かってしまっているようだ。根曲り竹が生えている方向に向かって引き込まれてしまっていた。ここからルートに戻るためには、根曲りに逆らいながら斜面を上がるしかない。竹を踏み、つかみ、押し分けながら登ると、目の前の立木に小さなプラスチック製のプレートが打ち付けられていた。ルートに復帰!人間の痕跡を見てこんなに嬉しかったことはない。何とか3人で集合できたが、時計を確認するまでもなくタイムオーバーは確定。といっても、あたりを見たところで、テントはおろかツェルトさえ張れそうにない。地形図では約300m先の2,107p頂上付近の傾斜が緩そう。山頂なら少しは根曲りもまばらになっているかと期待して、見上げるような斜面に取りかかった。
 そして期待はまたも粉々に。最初の30mほどは膝ぐらいの笹になって、「久しぶりに歩きやすいね」などと笑っていたのだが、登るにつれて根曲り竹が復活。山頂方向はさらに鬱蒼としている。それでも仕方ない、ピークを目指すのみ。傾斜が緩んできて、さあ幕場探しだと意気込んだが、そんなものはどこにもない。諦めてむりやり竹を押しのけて張ろうとしたところで、偵察に行っていた及川さんが「ありました!」と絶叫。なぜかポッカリと根曲りが生えていない空間があった。斜めだし、木は生えているしだったが、その時の我々には極上のキャンプ場のように見えていたと思う。急いでテントを移設して、取るものも取りあえずテントに転がり込んだ。全員、しばし呆然。10分ほど経っただろうか。日が落ちて、あたりが暗がりに沈む。危なかった。
 夕食の準備に取りかかるが、疲労困憊で食欲ゼロ。こんな時に自分が用意していたのは油多めの肉味噌担々麺。正直、自分も食べたくなかったが、予定の半分以下の量で作ってみた。青木さんは食べられず、及川さんも放心したような表情になっている。それでもガス火のぬくもりと、少しのお酒、何とか口にした食事のおかげでようやくリラックスしてきた。さあ、寝ようという事になったが、青木さんはテントに食い込んだ木を抱くように、及川さんは頭が水平位置より下に、自分は斜面からずり落ちないように突っ張りながらという就寝スタイル。それでも寝られたのは、やはり疲れ切っていたからだろう・・・。

【3日目】記録:鈴木
 朝ご飯は青木さんが作ってくれた優しい味のおじや。身体に染み渡る。長期縦走の時は軽めの食事を心がけようと決めた。
 さて、今日も藪だ。テントの外に置いてあったザックでは野ねずみが暖を取っていたよう。よほど居心地が良かったのか、及川さんがパッキングをしようと持ち上げても逃げるどころか、ザックに潜り込もうとする。自分と青木さんは可愛らしい姿にはしゃいでいたが、及川さんはそれどころじゃなかったよう。この騒動で少し士気は上がった。
尽きない藪  佐武流山までは1kmほど。もう少しだ!と、歩き出したが、地形図に現れない小さな登り返しや、腰ぐらいの笹ラッセル、水が足りずに渇く喉でまたもペースダウン。自分がへばり気味で、耐えられずに雪を口に入れてしまった。もう何も考えられず、ただフラフラと歩くだけ。何度もあれが山頂?という斜面に騙され、みんなでふて腐れていたが、ふいに傾斜が緩んだ。
 終わりは実にあっけなかった。踏み跡っぽいものが出てきたなと思ったら、いきなり藪が切れて、目の前に山頂標があった。思わず「終わったー!」と絶叫。山頂広場の真ん中、3人で手を取り合い、互いの健闘を称えた。達成感もさることながら、生きて藪を抜けられたという安堵の方が強かった。
 少し休憩して登山道を下っていく。道があるってこんなにありがたい事なんだ。意気揚々と進んでいたが、昨晩あまり食べられなかったのと、藪を抜けるのに時間がかかって消耗していたよう。このまま秋山郷方面に逃げてしまおうかと弱気になっていたが、及川さんから「今日は布団で寝ましょう!」とハッパを掛けられ気を取り直す。そう、今夜は赤湯温泉で小屋泊しようと、昨晩のテントで決めたのだ。行動食も残り少なく、水もない。もうヨロヨロで、付いていくのがやっと。登りに差し掛かると遅れ気味になっていく。雨も降ってきて身体が冷える。ナラズ山ピークから少し下ったところで完全にノックアウト。そこで及川さんが差し出してくれたのは、シナノゴールドのドライフルーツ。これを口にしたら、魔法のように立ち直った。刈り払いしてあった赤倉山への斜面を登り、山頂で時計を見ると13時過ぎ。何とか陽のある内に小屋まで届きそう。あとは下るだけだ。頭の中には「温泉と布団とビール」しかない。急ぎ足で下山路を進んだが、これがまたうんざりするぐらい長い道。今度は及川さんのペースが落ちてきた。高度を下げて沢が近付くに連れ悪いトラバースも出てきて、さらにスピードは落ちる。3人で励まし合いながら、2時間半後にようやく河原に下り立った。15分ほど進むと、赤湯温泉の建屋が視界に入ってきた。宿はこの日が小屋締めだったが、連絡無しの我々を暖かく迎え入れてくれた。通された客室は十畳以上の畳部屋で我々の貸し切りだ!
 濡れた衣服を縁側に掛けさせてもらい、まずは温泉に向かう。あちこち擦り傷や打ち身があって痛かったが、身体に染みるとはまさにこのこと。芯まで温まって、暖かい食堂に向かう。まずはビール、お酒!宿の食事は素朴な山菜料理でいくらでも食べられる。ご飯はコシヒカリ。自分は大盛り三杯。青木さん、及川さんもお替わりして大満足の夕餉となった。部屋に戻って、灯油ランプの下、チビチビ飲みながら藪の思い出を語り合う。そうこうするうち眠気に耐えられなくなり、乾いて暖かい布団に潜り込む。身体を伸ばして寝られるという至福を味わいながら眠りについた。

【最終日】記録:鈴木
 今日は帰京のみ。ゆっくり宿を出た。携帯の電波を捉えたところでタクシーを予約。もうすぐ山行が終わる。宿のご主人が絶景だと話していたポイントを振り返ると、最後の紅葉が錦秋を織りなしている。初雪も降った。小屋も閉まり、山は冬を迎える。感慨にふけっていると、タクシーとの待ち合わせ場所、小日橋に着いた。
 小さなタクシーが目の前に着く。なぜか運転手さんが「荷物を載せておいて」と言い残して、一目散に山へ向かって駆けていってしまった。まあ言われたとおり、トランクに荷物を積み込んで待っていた。しばらく経って戻ってきた運転手さんは「以前、マイタケが採れた木が気になって見てきたんだ」とのこと。客よりマイタケ。これには思わず三人で大笑い。楽しい笑いで山行を締められて本当に良かった。

〈コースタイム〉
【10月31日】 野反湖登山口(11:00) → 堂岩山水場分岐(13:00) → 白砂山(15:00 幕)
【11月1日】 白砂山(5:00) → 尾根分岐(5:15) → 沖ノ西沢ノ頭(10:40) → 赤樋山(13:20) → 2,107p(16:30)
【11月2日】 2,107p(6:00) → 佐武流山(9:00) → 西赤沢源頭(9:00) → 赤倉山(13:15) → 赤湯温泉(16:00)
【11月3日】 赤湯温泉(8:00) → 小日橋 (10:30)

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