トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ368号目次

雪山登山・中崎尾根~槍ヶ岳
鈴木 一彦

山行日 2022年5月28日~30日
メンバー (L)鈴木(一)、小幡、梅田、田中(雅)、大瀧、木村

 山に興味を持ち、登り始めて僅か数年。今まで興味の赴くまま足を進めてきたが、2021年に剱、穂高のピークを踏むことができた。今まで小説やテレビの中でしか知り得なかった3000m峰。いよいよ次は槍ヶ岳かとボンヤリ考えていたところ、思いがけず荻原さんから年末年始の槍ヶ岳行きのお話しが。初の槍ヶ岳が厳冬期アタックとは・・・。若干の躊躇はあったが思い切って申し込んだ。時間はあっという間に過ぎて迎えた年末。中崎尾根が何者かもよく知らないまま挑んだ山行は、記録的な大雪で初日にあえなく敗退。尾根には取り付いたものの、稜線を見ることもできずに下山の途に就いた。その帰り道、今回の山行を計画したのだった。
 道の駅で仮眠し、車2台で新穂高温泉に着いたのは6時過ぎ。なかなか快適な仮眠場所だったが、寝不足なのは否めない。3日分の装備をずしりと肩に背負い7:00過ぎにスタートを切った。前半は単調な林道歩き。重荷に汗をかきかき歩きを進め、穂高平小屋まで1時間で最初の一本。白出沢出合、滝谷出合を通過して、槍平小屋には12:30頃の到着となった。ここまでは完全に夏道。小屋周辺にようやく1m少しの積雪を見る程度で、中崎尾根に雪があるかどうか心配していたが、槍平小屋から見上げる稜線にはしっかり雪が付いていた。小屋前の飛騨沢でプラティパスに水を汲んでいたが、小幡さんの姿が見えない。数分後に戻ってこられたときに、お話を伺うと、過去、事故があった場所に線香を手向けていたそう。この槍平は三峰にとって特別な場所なのだ、と厳粛な思いが胸をよぎる。
中崎尾根全景  大休止の後、13:00過ぎに出発。いよいよ中崎尾根に取り付く。昨年末の記憶を頼りに支尾根の末端に歩みを進めると、イキナリの激登り。これが本当に正規の夏道なのかといぶかしさを覚えるほど踏んだ感じも薄く、何より傾斜が半端ではない。喘ぐように登っていると、急にしっかりした道に行き当たった。どうやら沢形の方をもう少し進んだ所に夏道があったようで、我々が進んでいたのは言わば「旧道」だった。ここからはしっかりした踏み跡を辿ることができたが、少しずつ残雪が道をふさぎはじめた。稜線はだんだんと近づいてきたが、ここまで何となくアイゼンを付けずに来られてしまったため、斜度を増したトラバースが怖く、先頭の2人は直登ルートを目指しはじめた。これが藪コギ、急登のハードモード。まだ何も消費されていないフル装備のザックが牙を剥く。牛歩のごとく、最後は倒れ込むように中崎尾根の稜線に辿り着いた。ここまで槍平から2時間ほど。人生で一番長く感じた2時間だった。ここで遅ればせながらアイゼンを装着。のろのろと稜線を進み、予定より少し手前の尾根で幕を張った。スコップで雪を整地し、4-5人テントを設営。装備を解いて中に転がり込むと、一瞬めまいがした。最後の登りは自分にとってよほどしんどかったようだ。こんな事は初めてだったが、ビールを煽ればそんな心配もどこへやら。一つのテントに集まっていつもの宴会が始まると、やはりいつものように楽しい時間はあっという間に過ぎて就寝時間を迎えた。若干ヒートアップ気味のU女史をなだめて、全員シュラフに潜り込んで就寝。
2日目の朝。目指すのは穂先だ  翌朝、まだ暗い中起き出すと星空だ。朝食を食べている内、あたりはすっかり明るくなった。テントから顔を出すと、稜線の向こうには雲一つない真っ青な空が広がっている! 向かいの尾根は南岳、中岳。振り返ると双六岳が見える。白と黒のコントラストをまとった尾根がどこまでも続く、北アルプスの全景に息を呑む。
 今日はいよいよ槍の穂先を目指す。皆テキパキと装備を調え、予定より少し早い5:50ごろ行動を開始した。この山行は来るべき年末厳冬期の下見も兼ねている。尾根上のテント泊候補地や斜面の様子を観察していこうと思っていたのだが、なんだか思うように力が入らない。明らかに自分の様子がおかしい。歩き始めて1時間ほどで思わず天を仰いでどっかり腰を下ろしてしまった。「ここで引き返したい」と何度思ったか。とは言え自分はリーダーだ。途中で投げ出すことはできない。うまく踏ん張れないのでトラバースが怖い。みんなとは違うラインを歩き、入らなくても良い藪に入ったりで、ますます消耗度合いが高まっていく。喉も渇く。行動用の水は1リットルほど。ここで何となくひらめいたのは、ブドウ糖(ラムネ)チャージだ。これが効いたのか休憩3本目にはどうにか気持ち悪さは収まってきた。その後、ペースは上がらないが止まることもなくなった。視界が開けると、大槍、小槍が見えてくる。最初は遠かった穂先が、一歩進む毎に近付く。千丈乗越の岩壁は手足を使い、残置ロープもつかみながら高度を上げていく。フィナーレは這松の藪コギ。とは言えその距離は僅かだ。みんなを大分待たせたが、テント場から3時間半で西鎌尾根に合流した。次の目標は槍ヶ岳山荘。ここからは一般縦走路で足を前に進めればいつか着くと意気は上がるが、最後の九十九折りが辛い! ようやく山荘の冬期小屋が見えてきたのは11:30頃だ。ザックを下ろして山荘の自動販売機でジュースを購入。これで完全に生き返った。小休止の後、穂先への登りに取りかかる。
絶景の穂先!  盛期が嘘のような静けさのハシゴ場をクリアして山頂に立つと見渡す限りの山、ヤマ、ヤマ! 続々と皆が登頂し、健闘を労い合う。余りの絶景が名残惜しい。全員の記念写真を撮ってもらった後もしばらく山頂にたたずんだ。
 大喰岳西尾根を下山する予定だったが、雪がないためルート変更し飛騨沢を下降した。歩いて降りるメンバー、尻セードで大はしゃぎのメンバーと思い思いに槍平小屋を目指す。小屋の直前で道を失うハプニングはあったが、16:30過ぎに無事到着。今夜の宿は冬期小屋。なんと我々の貸切だ! 広々と使わせて頂き、宴は大いに盛り上がったのは言うまでもない。いつものよもやま話に花が咲き、充実の1日はいつまでも続く。
 翌朝はかつてないほどゆっくりの起床となった。槍平の全景をまぶたに焼き付けて下山開始。一昨日よりも確実に雪が減った小屋から新穂高温泉に降りたのはちょうど正午ぐらいになった。
 飛騨沢を降りている最中、「素晴らしい山だった」という思いが心底から湧いてきた。天候、メンバー全てに恵まれた会心の山行。厳冬期の挑戦も是非成功させたいと思いを強くした。
 帰路の車中、まさかの打ち上げ実施の話が出て大盛り上がり! 目的地を吉祥寺にセットし直して、一路「もみぢ」へ。会心の山行はまだまだ続く。

なんと打ち上げもあり
〈コースタイム〉
【5月28日】 新穂高温泉(7:00) → 穂高平小屋(8:15~8:30) → 白出沢出合(9:15) → 槍平小屋(12:30~13:10) → 幕営地(15:30)
【5月29日】 幕営地(5:50) → 千丈乗越(9:30) → 槍ヶ岳山荘(11:20~11:45) → 槍ヶ岳(12:00~12:35) → 槍ヶ岳山荘(13:00) → 飛騨乗越(13:15) → 槍平小屋(16:30)
【5月30日】 槍平小屋(8:45) → 穂高平小屋(11:15) → 新穂高温泉(12:10)

トップページ > 岩つばめ一覧 > 岩つばめ368号目次