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沢登り・ヌビナイ川右俣~ピリカヌプリ
荻原 健一
大瀧 美樹
鈴木 一彦
川口 修

山行日 2023年8月12日~14日
メンバー (L)荻原、永岡、川口、鈴木(一)、大瀧

【プロローグ】荻原
 2年前の夏、東北・和賀山塊の生保内川から羽後朝日岳に登った。これは私が愛してやまない「岳人100ルート」と四季を問わず創造的登山をしてなくては登頂出来ない名山とされる「岳人マイナー12名山」のセットルートになっているのだ。下山後にこれと同じパターンのルートがもう一つあることに気付き当時のメンバーと来年は日高・ヌビナイ川右俣からピリカヌプリを目指そう!と盛り上がったのだ。メンバーに若干の変更はあったものの、その1年後の夏に予定通り日高の山に入ったのだが、毎日悪天が続きヌビナイ川は断念。同じ山域の札内川八ノ沢からのカムイエクウチカウシへ転進。無事に登頂出来てこれはこれで良かったのだが、やはり当初の思いはあきらめきれず、またこうして遠路はるばるやってきてしまったのである。果たして2年越しの思いは結実するのか?!

【8月12日】記録:大瀧
 昨年12月に山行メンバーに加えてもらい様々な記録を読む中で、日高一の美渓であることや北海道では珍しい花崗岩の沢であることが分かり、素晴らしい景色と様々な動物達との出逢いに思いを巡らせ心待ちにしていた。ただ、気になることが一つ。どの記録を読んでも、初日の核心部である600m地点でのトラバースについて“高度感があり足がすくむ”“手掛かり、足場がない”等気になるワードが綴られている。そして7月の知床岬山行で出会った別パーティーのヌビナイ川右俣経験者からも、「怖すぎて足がすくんじゃったよ~。」と聞き、不安と好奇心が入り混じるなんとも表現しがたい感情を抱きながら北海道に向かった。11日16時に苫小牧西港のフェリーターミナルに到着後、前泊地である鹿鳴橋付近に22時頃到着。12日は朝4時前に出発をした。
 スタート地点である鹿鳴橋からクマの沢川出合まで2時間強はひたすら林道歩きとなる。ところどころ崩れてはいるが、以前はかなり整備されていたであろう道が続いている。時折エゾシカの足跡はあるが動物がいる気配はない。クマの沢川出合あたりから入渓し岩を見ると、痕跡から通常時よりも20センチほど水位が高いことが分かった。前日までの雨で水量がいつもより多いようだ。ただ、沢の水に濁りはなく綺麗なエメラルドグリーン色をしている。そして何やらこの沢独特の匂い(硫黄臭でもなく今まであまり沢で嗅いだことのない匂い・・・)を感じながら魚影を探しつつ、ヒグマを気にしながら遡行をつづけた。時々、竿を出してみるが全く魚の反応がなく、魚影も見ない状況が続いた。
 507mの二俣に到着後、右俣に進むとすぐにゴルジュ帯に突入する。入ってすぐは右岸を巻き、その後左岸中心に進む。1時間ほど進んだ地点は水量が多いため泳いで突破した。そして核心部に11時頃到着。「これがあの噂のトラバースか。」と思いながら下を覗いてみる。確かに高度感がある。荻さんリードでロープを張ってもらい、一人ずつ進んでいく。事前情報により腹をくくっていたからか?思ったよりも恐怖心を感じる事はなかったが、傾斜があることや足場や手掛かりが頼りないため慎重に進む必要があった。
そのあとは深い釜を持つ滝が連続する。生憎の曇り模様だったが、花崗岩に深い緑色が映える美しい七ツ釜を堪能することができた。
幕場には15時前に到着したが、雨も降りだしたため焚火はできず残念ながらテントの中で宴会を行い初日が終了した。

高度感溢れるトラバース美しい七ツ釜を進む

【8月13日】記録:鈴木(一)
山頂でガッツポーズ  リーダーからの「4・6(4時起床、6時出発)」指示通り、皆一斉に行動開始。今回は軽量化をきつく言い渡されていたので、朝も夜もアルファ米だ。未だに美味しく食べることができない。軽く嘔吐きながらチキンライスを飲み込む。
 今日はピリカヌプリへのアタック日。身支度を調え予定より早い6時少し前に幕場をスタートした。今日は先頭を任されている。5分もせずに最初の小滝へ到達。しばし迷ったが、右岸のルンゼで巻けそうなのでそちらに進路をとった。次の滝は真ん中を直登。入会したての頃よりは幾分マシになったかも知れないが、やはり沢を歩くのは疲れる。水がさほど冷たくないのがありがたい。右往左往しながら2時間ほどかけて遡行図に「四股」と記されている最初のポイントに辿り着いた。右から二番目のガレ沢が目指すルート。ここから本格的に傾斜が強まっていく。この頃にはもう先頭を歩く気力もなく、浮き石に気を付けながら一歩ずつ身体を持ち上げるのに必死。源頭部は2m弱のギャップが延々と続く細い沢筋。ようやく少し平らな地面が見えたと思ったら、そこで流れが尽きた。
 いよいよ稜線に向けての這松漕ぎが始まる。とは言え、腰ぐらいまでの背丈で困難さは感じない。ただただ傾斜が急なだけだ。いくらも行かない内に日高山脈の縦走路と出合った。這松と灌木の間を仕方なしに歩いた結果、といった体の踏み跡がしっかり付いている。稜線に出てから15分ほどだろうか。突如、這松がいなくなってポッカリと開けた山頂に辿り着いた。
 山頂では、細かな虫が無数に乱舞して短い夏を謳歌している。あいにく全周ともガスで真っ白。だが、紛れもなくここは日高山脈最深部の「ピリカ(美しい)ヌプリ(山)」のピークだ。何物にも代えがたい達成感に包まれた。皆で記念写真を撮り、下山の途に就く。
 上りが大変なら下りも大変で、ザレ、ガレの斜面を慎重に降りていく。ここまで、晴れ間こそないが、思いのほか天気は持ってくれている。だが、お天道様はお見通し。今日こそ焚火ができるかな?と皆で楽観的になっていたところへ、滝のような雨をお見舞いしてくれた。一時は「これは幕場へ帰れないかも」というぐらいの勢いで降った雨だが、みんなの祈りが通じたのか15分ほどで小降りになった。最後の滝を降りて我が幕場を視界に捕らえた時にはホッとした。
 こうなると是が非でも焚火である。幕場は燃料に乏しかったが、前に訪れたパーティーが残置してくれたいくばくかの薪と、幕場を開拓した時の生木で「やれるだけやろう」と着火。着火剤を2回投入したところで熾火ができた。丸2日濡れたままの衣服を乾かしながら、登頂の余韻に浸る。身体が乾くのは何とも気持ち良い!心配していた雨も、いつのまにか上がっていた。いつもよりは控えめな酒宴となったが、適度な酔いが心地良い。皆一様にテンション高く、早くも次の山はどうするか、「来年はまた日高だね」などと語り合った。テントに潜り込んだ時、ふと、こんな山深いところに来られた幸せを感じたことを覚えている。

【8月14日】記録:川口
ピリカヌプリの稜線  前夜は念願の焚き火にもありつけ、すっかり乾いた服と身体で気持ちよくテントで眠りにつくことができた。この日は3時起床、5時発で下山予定だ。  いつものように少し早めに目が覚めテントの外に出ると、モヤはかかっているが薄く、雲も濃くない、場所によっては星も見える。天気はこの3日間で一番期待できそうだ。なんとか七つ釜くらいまで天気がもつといいなと思いながら、朝食と身支度、そして幕場の撤収に取りかかる。各々身支度を整え下山を開始する頃には、青空も覗き、昨日までは見られなかった稜線まで見渡せた。ソエマツ岳方向もピリカヌプリ方向も稜線がくっきり。山からのご褒美をもらった気分だ。

七つ釜を望む高巻き  予定通り5時には790mの二股の泊地をあとにする。昨日の雨の影響もあり、少し増水気味ではあるものの遡行には支障ない。時折振り返り、ヌビナイ川の美渓とピリカヌプリの景観を目に焼き付けつつ順調に歩を進める。
 青空が見えていた空に徐々に雲が覆い始めたくらいのところで、七つ釜に差し掛かる。陽光の下とはならなかったが、やはり見ごたえ十分!薄日ではあったが幾重にも続く豪快な釜の連続は圧巻の一言につきる。これだけでも見に来る価値は十分である。

核心部のトラバース  七つ釜を過ぎると、空はすっかり曇天に・・・ところどころ高巻き、へつりをしながら核心である600mのトラバースまで到達、これを過ぎれば507mの二股まではすぐだ。いつ張られたか定かではないがFIXロープが張られているが、高さもあり傾斜のきついトラバースで、しかも霧雨混じりで足が少し悪そうだ。往路同様、荻さんがハーケンで支点を作りながらロープを張ってくれた。あとは1人ずつ慎重に核心トラバースを越える。霧雨気味の曇天で、手や足の置き場はあるが、距離は40m以上、滑りもあり足はあまり良くない。張ってくれたロープにアッセンダーを通し慎重にトラバースをクリアする。トラバースそのものは、それほど難しくはないので、ドライコンディションであればもう少し楽に越えらそうである。最後はKGさんが全て回収して今回の核心部を越えた。

ネギっ子1号のダイブ・・  あとは往路に泳いで取り付いたゴルジュの飛び込みを残すのみだ。この飛び込み箇所はトラバースのすぐ直後にある。それぞれ、飛び込みの準備をし、真っ先にKGさんが飛び込む、後で発覚したのだが、この際頭に巻いていたホシガラスの手ぬぐい(GWの奥会津大縦走の最後のピーク、会津駒ヶ岳の山小屋で買ったばかりの思い出の品・・・)をヌビナイ川に献上してしまった・・・。続いて荻さんが飛び次にスーさんが行く、スーさんは、どうやら飛び込む際に足が少し滑ってしまい背の立たないゴルジュで一瞬焦ったらしく、下で待つ2人は大ウケである。後で動画を見たが確かに一瞬シリアスな表情が・・・(ドラゴンエイト参照)
 次はネギちゃん、ネギッ子1号の危機を横目にちゃんとライフジャケットを着用して無難にゴルジュをクリアするあたりは、流石である。そして最後に自分が飛び込んだ。12日の登りの時に荷物を背負ったまま取り付いたものの、足場が悪く一度岸まで戻った際には、下流への流れがほとんどなく、岸まで戻るのに苦労したが、この時は増水の影響かしっかり下流側への流れがあり、簡単に岸にたどり着くことができた。

 核心部を無事に越えると9時半くらいには507mの二股に到達した。ここまでくると川幅も一気に広がり、この後は難所も一切ない河原歩きと林道をつないで帰るのみである。すっかりリラックスムードで河原歩きを始めて30分ほどたったところで、左岸側の斜面に人が・・・どうやらこちらを見ている・・・なんであんな所に一人で?・・・と一瞬目を疑ったが、手を振ると振り返してくる。どうやら降りてくるようだ、これは何かあったに違いないということで、こちらからも左岸側の斜面の方へ向かってみる。
 話を聞くと、我々より一日遅れで同じくヌビナイ川右股に入る予定だったが、降雨による増水を嫌って尾根ルートで行こうとしたところで、パーティの一人が滑落して動けなくなったとのこと、前日午後からビバークしていたとのことで支援を申し出たが、人手もあり、警察とも連絡がついていて、すでに道警の山岳救助隊が向かっているとのことなので、伝言だけ賜ってその場を後にした。なぜこの広い河原で増水を嫌って傾斜のきつい尾根に入ったのか疑問であったが、あとで地形図をよく見てみると、確かにヌビナイ川右股に沿う形でソエマツ岳まで尾根が続いており、昨日のピリカヌプリ山頂からの下山時の土砂降りであれば、507mの右股に入って以降に790mの二股まで続くV字の渓谷が一気に増水した可能性は確かにある。下山後のニュースで見たところ、このパーティはソエマツ岳を目指していたとのことなので、昨日の雨で当初の沢ルートから尾根ルートに変えてソエマツ岳を目指したのだろう・・・ちなみに、滑落した方は無事に下山できたとのことである。
 その後は小1時間程で屈強な(見るからに若々しく屈強という言葉がふさわしい・・・)救助隊とすれ違い情報交換する頃には、曇天の空に救助ヘリも飛んできたので、おそらく大丈夫だろうということで、一同安堵・・・、右岸側の踏跡を最大限活用して林道終点まで一気に到達する。入渓の際は見落としたが、クマの沢川出合のところからすぐに右岸側には踏み跡があり、これをつないで行けば、かなり楽に507の二股まで到達できそうである。クマの沢川出合で少し長めの休憩の後は、長い林道歩きである。所々崩壊した林道を淡々と歩き、14時半過ぎには、林道終点のトラロープの張られた地点に着いた。滑落事故の関係でトラロープ付近は警察車両やらなんやらで満車である。やはりここに車を停めないで正解であった。待機中の警察の方等と挨拶を交わし、その先の二股付近の車を停めた場所を目指す。車に着いた頃にはちょうど霧雨が降りだした。我々の2台の横には地元ナンバーの乗用車が3台、おそらく滑落事故のパーティのものであろう。
 霧雨の降りだした中、急いで装備を解除し、下山後お楽しみ、付近の温泉を検索する。今夜は帯広での打ち上げを決めていたので、帯広への途中の更別にある「福祉の里温泉」に立ち寄ることに。その名の通り、デイサービス施設や診療所などの福祉施設が併設されており、天然温泉で広くてきれいで快適なうえ、450円と値段もリーズナブル!!通常であれば休館日であったが、お盆期間で営業時間も拡大されていたようであり、快適な温泉にありつくことが出来た。
 ただ、宿の確保はできなかったので、帯広のネットカフェに宿を設定し炉端焼きのお店で盛大に打ち上げとなった。この日は、お盆休みで北海道は最も賑やかな時期、且つ縁日とも重なったようで繁華街は出店が軒を連ねすごい人出である。地元の食材を中心に炉端焼きを堪能し、さらに2次会ではそば居酒屋で大いに盛り上がり、今回の山行の締めとなった。

〈コースタイム〉
【8月12日】 鹿鳴橋(3:45) → 独標507m二俣(9:15) → 独標790m二俣(幕)(14:45)
【8月13日】 幕場(5:50) → ピリカヌプリ(9:30~10:00) → 幕場(790m)(13:50)
【8月14日】 幕場(790m)(5:00) → 独標507m二俣(9:30) → 鹿鳴橋(14:45)

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