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沢登り・登川米子沢
田中 聖

山行日 2024年10月5日~6日
メンバー (L)川口(修)、深谷、甘川、田中(聖)

けむる滝  前日、天気予報はよくなかった。私はまだ全くもって自分に自信がなかったので、心のどこかで川口さんがもっと気楽なプランに転進を決めてくれないかな~っとすら思っていた。だけど、トンネルを抜けても雨は霧ほどにしか降らず。10月にしては気温もなかなかに温かい。駐車場も空いている。いったん、様子を見ようということになったけれど、ほぼ入渓に決まったようだ。
 準備を整えて、しばらくは静かで開けたゴーロを歩く。次の一歩をどこに置くかに集中していたら、なんだかゲームをしているようで、いつの間にか不安な気持ちは置きさられていた。
 すでに汗だくだった私は、穏やかな入渓点に着いた時には、早く入水したくて堪らない気持ちにまでなっていた。足に伝わる冷たい水の心地よさ。もうかなり暑い。もっと水の中に入りたい。沢の水はサラサラとして気持ちがいい。サラサラ、ヒタヒタ、ペタペタと身体を濡らしながら歩く私達はまるでカッパの一行みたいだ。
 少し視線あげると、植物が美しい。現れる滝を前に、滝音がわたり、霧雨と霞みの奥に色づき始めた木々がけむる。幻想的ですらある。

ナメだってヌメるとこわい  川口さんが要所で丁寧にロープを張ってくれた。私がどれくらい登れるか分からないということもあってか、いや、私自身が一番よく分かっていないのだけれど、ロープを出してくれるととても安心した。千明さんは「ここは滑るわよ。右から」などアドバイスをくれる。千明さんはとても軽やかに見える。そうすると、私も行けそうな気がしてくる。探る。あちこち触って掴めそうなものに少しずつ体重を移していく。高くても低くてもその繰り返し。怖くない。前と上しか見なければ、もうすっかり楽しくて怖くない。甘ちゃんが、時々、私のザックを下から押し上げてくれるのも感じた。娘よ、いつもありがとう。
 いつの間にかいくつもいくつも小さな滝を登っていたように思う。高巻きもしたけれど、そんな時も視界の端に沢を感じながら、少しずつ少しずつ登っているのが分かる。写真を撮る余裕も、下を覗く余裕も私にはなかったけれど、一息入れた時の景色は格別だった。
 この日の滝はどれも、私が沢登りを知らずにみてきた多くの銘瀑とは異なるように思った。今、目の前に現れた名もない滝は殊の外、美しい。自分で近づいて得られた景色って、こんなに美しいものかと思った。
 大きな滝では、私はその真ん中で動けなくなったりもした。流れが強くて、登れず戻れず。どれほどその中で留まっていたかも分からない。でも、でもそれでもなんだか楽しかった。楽しいというより、もうこれは可笑しい!千明さんが、可笑しくてとまらなくなった私に温かい飲み物とミルクキャンディーを与えてくれた。うそ、なにこれ、、、とんでもなく美味しい!
 滝の連続を終えると、ナメが続く。ヌメリが怖くて、そこからはかなりのへっぴり腰だ。こんなに素敵なナメなのに、何という可笑しな自分。

 ナメは突然、小川のような流れに変わっていた。沢は音も大きなポイントだな、と思った。渓相は、そのまま音に映しとられている。
 小川がしばらく続く。避難小屋手前の取水地点で、詰めに至ったことを理解した。
 水を汲んで、小屋手前にでたとき、そこは開けていて、下草が金色に輝いていた。相変わらず霧の中だったけれど、それがかえって美しさを引き立てていた。ちゃんと生きている。うれしい。でも、飛び上がって喜ぶ感じじゃない。だってもうヘトヘトだもの。
 翌日、巻機山山頂に登った後、登山道を下山した。昨日とは違って快晴の日曜日。多くの登山客で賑やかだ。同じ山なのに、沢筋はもう遠く、別世界のものとなってしまった。
 車は東京に走る。みるみるビルがそびえ、華やかに明かりが光る。すっかり沢は遥か遠くだ。

快適な巻機山避難小屋

〈コースタイム〉
桜坂駐車場(7:30) → 巻機山避難小屋(16:38)


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