八ヶ岳、良い山だ。美しい山だ。優しい山だ。私の一番好きな山である。八ヶ岳は私に初めて山の楽しさを教えてくれた。
私が山を歩き始めたのは、虫を集める為だった。高校一年の夏、1週間の予定で八ヶ岳稲子温泉に合宿した。3日間歩き回ってもろくな獲物も手に出来ず、いらいらするばかり。仲間の薬ビンには、次々と珍種が集まっていた。
4日目、天狗岳へ気晴らしに登ることにして5人で出掛けた。小1時間も登ったろうか、雲の様子が怪しくなって来た。と思ったらもう雨、登れば登る程雨足は早くなるばかり。気は焦れども、道進まず、気が付いた時には道を失ない、ただがむしゃらに登った。背よりも高い笹藪にみな散りぢりになってしまった。寒さ、空腹、恐怖、熊笹が風に騒ぐ音にも熊か猪かと怯える。木の枝は人の手かと。今でも夜の山道は苦手である。雨の中で食べた弁当も、早や腹の中にはない。夕暮も近くなったのか、周囲は薄暗くなって来た、大声で友の名を呼ぶ。思ったより近くから返事が返った。声のする方へ進む。やっとトロッコ道に飛び出し、5人が揃った時には皆、今にも泣き出しそうな顔ばかりだった。そこへ上智大の学生が登って来て、近くにあった同大学のヒュッテに案内してくれ、うどんをごちそうになった。そのうまかったこと。
一夜明けて、翌朝一人を下山させ、上大生と一緒に天狗岳に登った。昨日の天気は嘘のような素晴らしい展望。天狗岳に登ったのは初めてではなかったが、山の歌、山の話...とその人達と過した一日の楽しかった事。
稲子温泉に帰って、先生にどなられたこと(無断外泊、その上勝手に山へ登り良い気になって帰って来たのだからたまらぬ)や、雨にうたれたこと等もかえって楽しい思い出となった。
それ以来、虫探しよりも、ただ山に登り、山の仲間としゃべり、歌うことを楽しみ、歩いて来ました。今後も少しづつ登る積りですので、よろしく。
ー完ー
次回は大先輩でおられる、気象庁にお勤めの春田氏にお願い致します。楽しい山の話を楽しみに、では次号を!